第九章「お友達」
01
 雨が降っている。病室に戻った二人は、窓から見える雨を見つめていた。
 
「降ってきたね。よかった。間に合って」
 
「そうだね。久美ちゃん、もう寒くない?」
 
「ちょっとまだ寒いけど、もう平気」
 
 赤いカーディガンを羽織った彼女は、ポットからお湯を紙コップに注いだ。ティーパックにはアールグレイと表記されている。椎名と飲んだこの紅茶を気に入り、両親に頼んで買って来てもらったのだ。もちろん砂糖とミルクも忘れない。
 そんな彼女を愛おしいと思いながら、椎名はあることを思い出そうとしていた。自分は何かを忘れている。思い出せないということは、大事なことでもなければ、早急なことではないはず。だが、歯に詰まったかのような気持ち悪さが残り、必死に思い出そうとしている。
 
「哲也君はミルクとお砂糖、いる?」
 
「いや、いらないよ」
 
「大人だねー」
 
 湯気の立つ紙コップを手渡された椎名はお礼をいい、再び思い出そうとした。
 
「どうしたの?」
 
「何か忘れていることがあるような気がして、思い出そうとしているんだ」
 
「ふーん。女の子のこととか?」
 
「違うって」
 
 茶化そうとする矢神の頭を撫でると、椎名は「まあ、いっか」と言いながら、パイプ椅子に腰を下ろした。思い出すことを諦めた彼は、矢神が淹れてくれた紅茶を飲んだ。


( 2013/12/23(月) 18:11 )