第四章
02
 いつものように夕食の準備を終え、ソファに腰かけながらテレビを観ていると哲也が帰宅してきた。帰宅が早いだけでこんなにも表情が変わるのかと、久美が驚くほどに以前よりも哲也の顔色はいい。
 
「おかえり。夕飯出来てるよ」
 
「ただいま。ん、すぐに食べるよ」
 
 部屋着に着替えた哲也を待つがてら、久美は食器を並べる。記憶が薄れていってしまうとはいえ、こうして二人でゆっくり食事が出来ることに久美は感謝していた。
 食器を並べ終わる頃になって、ちょうどよく哲也が戻って来た。椅子に座ると二人とも手を合わせる。
 
「いただきます」
 
「いただきます。こうして哲也君とゆっくりご飯を食べられる日が来るとはね」
 
「休みの日は食べてたよ」
 
「そうだけど、平日はいつも遅かったからね」
 
 食事をしながら哲也は首を縦に動かした。
 
「不謹慎かもしれないけど、これはきっと神様からのメッセージだったんだよ。いつも遅くまで働いてる哲也君に休めっていう」
 
「おかげで給料は下がったし、なんか働いてる気がしないけどね」
 
 それまで深夜に帰宅をしていたのに、いきなり定時上りとなっているのだ。哲也は自嘲気味に言った。彼としては消化不良のようだ。
 
「それでもいいの。今は体を休めることだけを集中して」
 
「なんか今の台詞、母親みたいだよ」
 
「もう。これでも心配してるんだからね」
 
「分かってますって」
 
 本当は哲也の言うことも正しかったし、気持ちも理解できた。真面目に仕事に打ち込んできた哲也だからこそ、もしかしたら燃え尽き症候群に近い症状に陥っているかもしれない。
 それでも久美は、哲也がこうして自分と食事をしていることだけで幸せなのだと言い聞かせる。これ以上の幸せを望むのはエゴ以外の何ものでもない。
 
「あっ、そうだ。ゆりあちゃんから連絡があって、今度の日曜日会わないかって言われてるんだけど、どう?」
 
 哲也の症状のことを汐莉だけでなく、ゆりあにも久美は伝えた。受話器越しで彼女は驚いた声を上げ、心配しているのだ。
 食事をしていた哲也は、久美の言葉に手を止めた。ゆりあという人物を思い出そうとしているが、頭の中で霧がかかったように思い出せない。
 
「ゆりあちゃん? ゆりあちゃんって誰だっけ?」
 
「え? ほら、ゆりあちゃんよ。保育士をしている。私の最初のお友達」
 
「……ああ、思い出した。うん、久しぶりに会いたいな」
 
 パッと霧が晴れた。彼女の丸い顔が思い出される。
 ゆりあの顔を思い出し、表情が明るくなる哲也とは反対に、久美の表情は暗い。すぐに思い出したとはいえ、まさかゆりあの顔まで思い出せなくなるとは。久美は太ももの上で握りこぶしを作った。


■筆者メッセージ
やっぱり週に一回か、多くて二回の更新になりそうですね。
そろそろゆりあちゃんを出したい今日この頃。
( 2014/04/25(金) 23:59 )