06
マスターに事情を話すと、彼は二つ返事で了承し、久美に病院まで行くよう言ってくれた。久美はすぐさま着替えを済ませると、タクシーを捕まえ病院まで向かった。
「あっ、久美。早かったね」
運転手に料金を投げるようにして渡すと、久美は病院に駆け込んだ。そうするとすぐに哲也が出迎えてくれた。首にコルセットを巻いてはいるが、それ以外の目立った外傷は見当たらない。
「哲也君、大丈夫なの?」
「電話でも話した通り大丈夫だよ。ただちょっとだけムチ打ちになっちゃったけどね」
「よかった……」
ヘナヘナと久美はその場にしゃがみ込んだ。遅れて涙が出て来そうになるのを必死に堪える。公共の場で泣くわけにはいかない。
「でも来てくれて嬉しいよ」
「当たり前だよ。すっごく心配したんだよ」
「ごめんね。でも大丈夫だから」
しゃがみ込んでいる久美を立たせ抱擁を交わす二人。久美からはコーヒーの匂いに混ざるように汗のにおいがした。哲也にとって、それほどまでに必死になって自分のために駆けつけてくれた彼女が何よりも愛おしかった。
「あらあら、お熱いこと。ここは病院なのよ。ほどほどにしてちょうだい」
人目もはばからず抱き合っていた二人は注意を受けた。しかしその声に二人とも聞き覚えがあった。
「なんだ、小木ちゃんか」
「なんだとはなによ。哲也君お久しぶりね」
「小木曽さん。お久しぶりです。元気にしてました?」
注意をしてきたのは小木曽汐莉だった。白衣をまとった彼女は柔和な笑みを浮かべている。
「ええ、元気にしてたわよ。でもビックリしちゃった。哲也君が救急車で運ばれて来るんだもん」
「え? 哲也君、救急車で運ばれたの?」
目を見開いて驚く久美。哲也はそんな久美の頭を撫でながら言った。
「一応ね。事故を目撃した人が呼んでくれたんだ」
「どうして事故を起こしちゃったの?」
「電話でも言ったけど、信号待ちで待っていたら追突されたんだよ」
仕事中、営業車でルートを回っていた哲也は、主婦の運転している軽自動車に追突された。運転手は携帯電話を操作していたため、哲也の車に気が付かなかったのだ。
幸い、軽自動車は速度をあまり出していなかったために両者とも大事には至らなかったが、営業車の後部は凹み、軽自動車の前部も凹んだ。
目撃者もおり、すぐに警察と救急車が呼ばれた。哲也と主婦は救急車に乗せられ、汐莉の勤める総合病院まで運ばれたのだ。
「でもこの通り。だから心配しなくていいよ」
力こぶを作る哲也に久美は再び安堵した。
「水を差すようで悪いんだけど、事故後は平気でも後遺症があるから楽観視はほどほどにしておきなさいよ」
汐莉はそう言って釘を刺すが、哲也は首のコルセットが気になるようで、しきりにそれを触っていた。