第一章
07
 入浴を済ませた久美は哲也に風呂が空いたと伝えに、彼の部屋の前まで来た。ノックをするも、返事はない。まさかと思った久美は、そのまま入室する。
 
「やっぱり」
 
 久美の予想通りだった。哲也は着替えることなくそのままの姿でスヤスヤと眠っていた。あれだけ言ったのにもかかわらず、この体たらくに久美の怒りが爆発する。
 
「ちょっとそのまんま寝ちゃダメだって言ったじゃない!」
 
「う、うん? ああ寝ちゃってた」
 
「寝ちゃってたじゃないの。どうして寝ちゃうのよ。寝るんならせめて着替えてからにしなさいよ。焼肉屋さんのにおいがベッドに付いちゃうじゃない」
 
「そんな怒るなって。じゃあ、俺も入って来るかな」
 
 寝起きだからか、哲也の頭の回転は鈍かった。あくびをしながら浴室に向かうその背中を久美は蹴飛ばそうとしたが、寸でのところで留めることが出来た。そんなことをしてはせっかくの出発日が台無しだ。久美は先ほどまで寝ていた哲也のベッドに向かい消臭スプレーを吹きかけた。
 
「どうかしら?」
 
 消臭スプレーが渇いた頃合いを見計り、久美はシーツに顔を近づけた。まだ若干焼肉のにおいはしなくもないが、許容範囲内だろう。久美はベッドに飛び込んだ。
 久美の体重を受け、軋むスプリング。哲也も働いているのだからもっといいベッドを買えばいいのに。そう、哲也のベッドは学生時代からの使いまわしだった。シーツこそ変えたが、ベッドはそのままでずいぶんと年季が入っているように見える。
 
 だが久美は哲也がベッドを買い替えない理由を知っていた。自分のためにお金を使ってくれているからだ。同棲とはいえ、ほとんど哲也の出費が多い。家賃から久美の学費まで、哲也に無理をさせているように久美は感じていた。
 
「疲れているんだよね、きっと」
 
 毎日遅くまで自分のために働いてくれる哲也にあんな口のきき方はなかったのではないかと、久美は自分を責めた。まだまだ頼りないところもあるが、彼は成長したのだ。自分よりも遥に。
 
「ごめんね。わがままな女で」
 
 それを哲也が聞くことはなかった。久美は布団を被ると、いつしか寝息をたてはじめる。哲也のにおいに包まれながら。


■筆者メッセージ
Otakyuさん

拍手メッセージありがとうございます♪
いいですよね。こういう関係♪
( 2013/12/11(水) 22:40 )