第一章
02
 慌ただしかった。大学時代から住んでいたアパートから、哲也は引っ越しをした。更新もあったのだが、久美と一緒に住むことが決まったからであった。互いの両親には、すでにあいさつ済みで、あとは両者の新居を探すことが急務となった。
 入院生活が長かった久美の両親は、彼女に彼氏がいたことに驚き、一緒に住むことに更に驚愕した。病気の寛解(かんかい)もあり、彼らの頭の中は爆発寸前であった。
 
 哲也が細かく説明をすると、何とか状況を理解できたようで、哲也は二人と自分の両親に土下座をした。まるで駆け落ちのようだ。哲也はどんな罵声をも耐えるつもりであった。そんな哲也の姿を見た彼の両親も加わり、親子三人で久美の両親に土下座をした。慌てて顔を上げるよう言った久美の両親は、哲也の一本気なところを認め、二人の付き合いと同棲を認めた。
 せっかく退院した久美と両親は一緒に住みたかったようだが、一つの条件を出し、それを飲んだ。それは自分たちの自宅のすぐそばで住むことであった。それならと哲也と久美は納得し、すぐに部屋探しを行った。
 
 引っ越しシーズンであったが、何とか条件にかなう部屋を探し出した二人は、ささやかなお祝いを行った。小木曽と木崎も呼び、四人で新居を祝った。退院パーティーからの連続であったが、二人とも嫌な顔を一つも見せず、お祝いまで二人に送った。彼らと出会えたことに二人はなおさら感謝し、これからの生活に想いを馳せた。
 
 大学生だった哲也は、社会人になっていた。就職氷河期であったが、何とか一社から内定をもらい、そこに就職をした。印刷会社の営業であった。給料はけして高くはないが、ボーナスと安定した収入があったため転職せずにそこで働き、もうじき三年目を迎える所だ。
 久美は入院中、小木曽や哲也に勉強を教え続けてもらう傍ら、高校の通信教育で学び、この春から大学の通信教育を受ける。「この歳になって大学生か」と自嘲した矢神だが、憧れのキャンパスライフに胸は高鳴っていた。哲也も久美も二十五歳。あの出会いからもう七年が経っていた。


( 2013/11/07(木) 22:53 )