第一章
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 無音の室内。お互い緊張で喋れなくなっていた。久美は飛び込んだのはいいが、それから先を考えていなかったがために、どうしたらいいのか分からず、ただ布団の端を握り、口元を隠しながら哲也の出方を窺う。
 哲也は哲也で、久美の突然の奇行に思考は完全に停止していた。突拍子もない行動をとる彼女に慣れてるとはいえ、一緒の布団で寝るのは初めてのことだ。とりあえず様子を見ようと、久美の出方を窺う。
 
 暗転した室内にようやく目が慣れてくる頃、久美は思い切って哲也の体に足を絡ませた。熱いほどの体温が足から伝わる。まるで湯たんぽを抱いているようだ。
 久美の足が突然自分の体に絡んできて、哲也は驚いたが、振り払おうとはしなかった。いつだって哲也はそうだ。久美の好きなようにやらせていた。自分はそれをただ見守るだけ。それはまるで歳の離れた兄妹のようだ。妹を優しく見守る兄。それが椎名哲也という人間だった。
 
「哲也君の体、温かいね」
 
「久美が冷たいだけだよ」
 
「じゃあ、温めて」
 
 その言葉と共に久美は哲也との距離を縮めた。哲也の胸元に頭を沿わせ、抱きしめるようにその体を抱く。まるで哲也は抱き枕のようだ。
 そんな久美を哲也は黙って頭を撫でる。サラサラとした手触りを楽しむようにして撫でていると、いつしか久美の規則正しい寝息が聞こえてきた。
 自分本位で自由気まま。まるで猫のような久美を、哲也は寝るまで撫で続けた。胸に“ある想い”を秘めながら。


■筆者メッセージ
以上で第一章は終了となります。
( 2013/12/28(土) 07:22 )