01
あれだけ荒れていた呼吸が落ち着いてきている。息を大きく吸って吐く。何度かするうちにいつもの呼吸を取り戻した。
「よし」と小さく息を吐くと眼前に横たわる彼女の頬を指先でそっと撫でた。
撫でた瞬間、全身の毛がぶわりと逆立つのを覚えた。取り戻したはずの呼吸が再び荒れそうになり、深呼吸を繰り返す。
指先を見る。なんの変哲もないただの指先。けれど確かにその手は彼女に触れた。
もう一度撫でる。指先に力が入らぬよう、ゆっくりと優しく。彼女の頬は絹のようにツルンとしている。自分の頬を撫でるとザラザラとした感触がした。
なぜ同じ人間なのにこうも違うのだろう。そう思ったが、すぐに僕と彼女とでは同じ人間と呼ぶにはあまりに不釣り合いなことに自嘲した。
彼女をもし満月とするなら僕は雲に隠れた月さ――窓に差し込む月明かりに照らされる彼女。目を閉じているはずなのにその端正な顔は崩れることはない。
「瞳月さん」
初めて彼女の下の名前を呼ぶ。夢の中ならば何百回、何千回は呼んだ名だ。
もちろん彼女から返答はない。
「綺麗だ。かわいいよ。君は世界一美しい」
三度頬を撫でる。今度は手のひらで包み込むように。
「サラサラだ」
真っ黒な髪に触れる。彼女は黒が一番似合う。額からこめかみ、目尻、頬へと指先を伝わせる。と、唇が目に入った。
呼吸がまた乱れようとしている。心臓が激しく鼓動している音が聞こえる。
「瞳月さん」
窓辺から差し込む月明かりが消えた。