20
あと少しだ。あと少しで愛佳の元へたどり着く。ふと時間が気になった。そもそも愛佳は家にいるのだろうか。変わらずデリヘル嬢をしている愛佳は家にいる時間が常にバラバラである。
腕時計をチラリと見ただけだった。時間にすればコンマ何秒。視線を前方に戻すと信号が黄色であることに気が付いた。
一瞬、ブレーキを踏みそうになる。が、すぐに右足はアクセルへと戻った。ここでブレーキをしても停止線から大きくはみ出してしまうだろうし、そもそもこんな田舎道で多少信号無視をしても捕まらないだろう。
アクセルを踏み込む。車が唸りを上げ速度を上げる。
「あっ……」
横断歩道を渡ろうとしている人がいた。その人は僕のことが見えていないのか。クラクションを鳴らそうと手をハンドルから離そうとするが間に合わない。
漫画のようにその人は跳ね飛ばされた。衝撃でエアバックが作動した。僕は夢中でブレーキを強く踏んだ。
やってしまった。心臓が破裂しそうなほど高まっている。僕は急いで外へと出た。
「だ、大丈夫ですか」
どうやら轢いてしまったのは女性のようだ。焦げ臭い路上のにおいの中僕はおしっこが漏れそうなほど体が震えている。
「愛佳? おい愛佳!」
路上で倒れる女性に見覚えがあった。間違いなく愛佳であった。いつも見る格好。頭部からおびただしいほどの血を流して倒れこむ彼女を見て僕は慌てて駆け寄った。
「愛佳! おい! しっかりしろ! 救急車、誰か救急車を!」
叫ぶが誰もその声に反応してくれる人はいない。僕は自分の携帯電話取り出すと、ふと我に返った。
誰もいないということは誰も目撃していないのではないか。辺りを見渡す。これだけの物音がしたというのに誰一人として周辺に人の気配はなかった。
何一つ言葉を発さない愛佳。僕は彼女を抱きかかえると車の中へ運び込んだ。
凹んだバンパー。エンジンはまだかかっているから走るかもしれない。自分がやろうとしている行為に罪悪感はあった。けれどこうする以外他に見つからないのだ。
あれだけクリアになった視界はすぐにまたもやがかかった世界へと変わってしまった。愛佳を後部座席へと運び込むと、僕は車を走らせた。多少変な音がするが、あと数キロを走ってくれればよかった。
「愛佳ごめん。痛かったよな」
バックミラー越しから声をかけるがもちろん返事はなかった。