「白昼夢」
17
「最初はさ、お金が欲しかったんだ」

 腕の中から声がして僕は抱擁を解いた。腕の中にから出てきた愛佳は乱れた髪の毛はサッと手で直すと、サイドテーブルからアイコスを手に取った。

「アパレルの店員をやってたんだけどさ、ストレスから飲みに行くことが多かったの。アパレル店員っていうだけで男たちがホイホイ来てさ。みんな奢ってくれるわけ。最初はラッキーって思ってたけどさ、今度はそんな男たちからチヤホヤされたくて露出の多い服だったり、ブランドバッグとか買い漁るわけ。飲み代よりも高くついてたな。で、最初のうちは楽しかったけど次第につまらなくなってきたわけ。マンネリ化っていうのかな。男を見ても『ああ、コイツ私とヤリたいだけだろうな』って。男が財布からチンコにしか見えなくなってきた頃かな、彼と出会ったのは」

「売れないバンドマンだっけ?」

「そ。記憶力いいね。駅のガード下でさ、歌ってるわけ。何人か立ち止まって聞いてくれている人もいたけど、誰も真剣に聴いてなんていなかったの」

「なんでそんなことわかるの?」

 煙を吐き出す愛佳はフフッと笑った。

「なんとなくかな。うん。なんとなく。そう感じただけ。でさ、そう思った瞬間ブワーって感情が湧いて出てきたの。可哀そうっていうか、同情心っていうか。『ああ、この人独りぼっちなんだ』って思ったらさ、手を差し伸べちゃって」

 遠い目をする愛佳は悲壮感なんて欠片もなくて、むしろどこか楽しそうでさえあった。

「で、彼を拾っちゃったわけ。捨て猫を拾う気持ちかな。うん、そうだ。捨て猫だ。可哀そうにって思ってたら拾っちゃったわけ。でもアパレル店員の私じゃとてもじゃないけど養えなくてさ。生活水準も落としたくなかったし。ん? いや落とせなかったのか。見栄を張って男たちにチヤホヤされるのは止められなかったからなあ」

「で、デリ嬢になったと」

「ご名答。そしたら彼に愛想つかされて出ていかれちゃいましたと。残された私はそのままズルズルと過ごしていつの間にかアパレル店員も辞めていて、気が付けばタバコとデリヘルだけが残りましたとさ、めでたしめでたし」

 両手の指先をチョンチョンと合わせた愛佳はまた僕の腕の中へと戻ってきた。吸い終えたばかりのアイコスのにおいがした。

「何年かぶりに出会った昔好きだった人と再会できたのに相手は結婚をしていました。でも諦めきれずに関係を持ってしまいました。神様はどうしてこうも意地悪をするのでしょう。私が前世であなたに何をしたというのでしょう」

 腕の中から聞こえてくる言葉は抑揚がなく、まるで機械が喋っているかのようだ。ふと視線を感じ、視線を落とすと愛佳と目が合った。

「今はお金に困っていないの。もちろんあったらあっただけ欲しいけど、それでもきっと私の寂しさは満たされない。仕事って純粋に報酬を得るためだけじゃないんだって最近思うようになってきたの。お金だけじゃなくて、孤独を紛らわすためのもの。独りでいると寂しさで押しつぶされてしまいそうなの。お願い。ずっと居てとは言わない。だけど、だけどね……」

 愛佳の髪を撫でる。サラサラとした感触。撫でられる愛佳は猫のように目を細めると、そのまま目を閉じて頭突きをするかのように僕の胸元へとやってきた。



「今だけは私を見て。私の存在を認めて。



……今だけでいいから」


■筆者メッセージ
ベイビーあの子に恋しているの?

珍しく更新が続きました。
( 2021/07/25(日) 21:54 )