「白昼夢」
01
 なぜ自分がこんな辺鄙(へんぴ)なところに来なくてはならないのだろう。駅へ降り立つと構内には誰もおらず虫の鳴き声だけが聞こえた。
 無人の改札機を抜けるとすぐにロータリーへ出た。駅前だというのにタクシーは一台も止まっておらず、唯一赤い軽自動車だけが止まっていた。

「あれだね。おーい」

 美月が手を振ると車から義母が降りてきた。僕が頭を下げると近づいてきた。

「おうおう、よく来たねえ。遠かっただろうに。修一君もお疲れ様ね」

「ご無沙汰しております。これよろしかったら」

「いや、ここで渡す? 普通家とかじゃないの」

 手に持った紙袋を渡そうとすると美月に突っ込まれた。

「まあまあ。ありがとね。あとでいただくわ。さ、乗って。お父さんも待ってるから」

 義母に言われるがまま僕と美月は車に乗り込んだ。

「でも嬉しいわ。家族が増えて」

 運転をする義母はとても嬉しそうだった。

「本当はもう一人連れてきたかったけど」

「いいのよ。都会のストレスがなくなって、きっと赤ちゃん産まれるから」

 後部座席に座った美月もウキウキしている。転居する話が決まってからというもの、美月の機嫌は連日上機嫌だった。

「都会と違って空気がおいしいでしょ?」

 それが僕に対して言ったものだとわかったのは信号待ちで義母と目が合ってからだ。

「あ、ああ、そうですね。すごくおいしいです」

「都会じゃ排気ガスとかなんか空気が淀んでいるじゃない。お母さん、心配だったのよ。これじゃあ赤ちゃんができないわけだなって」

「そう、ですね」

 そう言ってみたが、内心そんなことがあるはずないじゃないかと思った。だったら都会で生まれ育った人はどうだというのか。
 田舎の人間はこれだから。頭が固い。そのくせ視野が狭い。閉鎖的で自分のいる環境が全てだと思っている。

「あっ、そういえば隣の家の杉谷さんちの拳士君いるじゃない。あの子、離婚したらしいよ」

「えー本当に?」

「そうなの。お母さんもビックリしちゃったけどさ、離婚して戻ってきたらしいのよ」

 話題がまるでわからなかったが、僕に話が振られなくてよかった。誰が結婚しただとか、だれが離婚したとかくだらない。そのスギヤとかいうのは芸能人じゃあるまいし。
 僕は目を閉じて心のささくれを何とか抑えようと瞑想を始めた。


■筆者メッセージ
新しい章の始まりです。
今章はまたこれまでとちょっとスタンスを変えています。
( 2021/01/01(金) 23:06 )