08
博が死んだ。史帆がそれを知ったのは両親からの連絡ではなく、人伝だった。
「加藤博が死んだらしい」
「マジかよ」
「マンションのベランダから飛び降りたらしい」
「自殺?」
「知らねえよ。ただ、専門家は自殺の可能性が高いって」
講義中だった室内は波紋を広げたように騒々しくなった。教授が眉間にしわを寄せながら静まるように声を張り上げた。
いくらか静かになる室内にあって、まだヒソヒソ声は止まない。それもそのはずだ。彼のことを知らなければ世間に疎いといわれても過言ではないほどに、加藤博の存在は認知されていた。
稀代の占い師――あまりに予言を的中させすぎて畏怖すらされる彼の突然の訃報に、メディアは朝から晩までその話題で持ちきりだ。
「ショック。占ってもらいたかったのに」
「どうして死んだんだろ」
「さあ。俺に聞くなって」
「天才過ぎて自分の未来が見えちゃったんじゃないか」
「で、嫌になったと」
「それしかないだろ」
博の死から一週間以上が経ってもその話題で持ちきりだった。中にはこれから大災害が起きると予言する者まで現れた。
「加藤博の死は私たちに警鐘を鳴らしているのです。近い将来きっとこの国に災いをもたらすでしょう。数百年、いや数千年に一度の大震災が――」
史帆は溜息を吐きながらテレビを消した。しんと静まり返った室内。
バカバカしいにも程がある。これで名誉大学教授なのだから、きっとその大学はろくでもないところなのだろう。
兄である博が亡くなったという話を聞いたとき、さすがに史帆は動揺した。嬉しさよりも本当に当たったのだという恐怖心が四肢を駆け巡るようだった。
そう。史帆は兄である博の死を予言していた。願望ではない。あれは予言だったのだと史帆は断言できる。
待ちわびていた日がようやくやってきたのだ。
欣喜雀躍するものだとばかり思っていたのに、頭の中が真っ白になっていたのはなぜだろう。史帆はあの日を思い出そうとしたが、ほとんど思い出せなかった。
あれだけ待ちわびていたはずなのにどうしてこんなにも何もしたくないのだろう。博の死から一週間以上が経ったというのに、今なお史帆にあるのは脱力感だけだった。
パーティーをするはずだった。葬儀には行かないつもりだった。家族からどんなに説得されても葬儀にだけは行くつもりはなかった。
それなのに史帆は葬儀に出席した。誰に言われるでもなく。ごく当たり前のように。
涙は出なかった。見知らぬ人の葬式に出ているようだった。あれだけ憎悪していたはずなのに。
開け放たれた窓から風が舞い込んだ。揺れるカーテン。机の上に置いてあったカードがハラリと史帆の横へと落ちてきた。
史帆は自分の未来を占うことにした。
自分の未来はどんな未来だろう。
「明るい未来だといいな」
史帆は目を閉じて真っ青な空を思い浮かべた。