第三章
07
「これはね、未来が占えるんだ」

「未来?」

 まだ目が暗闇に慣れていなかった。徐々に目の前に座る老人の姿がおぼろげに確認できるぐらいだった。

「そう。未来。みんなが好きな未来」

「別にみんな好きとは限らないと思いますけど」

 史帆はそのうちの一人だった。暗い未来しか見えない。今のように。

「そうかな? みんな好きだとばかり思っていたが。まあ、いい。このカードを使えば人の未来が見える」

「そりゃあタロットカードですから」

 老人はコクリと頷いた。

「じゃあ占ってみなされ。気になるんじゃろ」

「いや、私タロットのやり方知りませんし」

 グイっと押し付けられたカードを史帆は受け取ろうとしなかった。

「簡単じゃよ。意識をなるべく空にしてカードを引けばいいだけ。それ以上も以下もない」

 史帆は押し黙った。簡単といえば簡単だ。それなのに手が膝の上から固められたように動かないのだ。

「ほら、手を出して」

 老人の言葉に操られるかのようにそれまで全く動かなかった手が滑らかに動き出した。

「シャッフルをしながら頭の中をなるべく空にしていくんだ」

「空に……」

「そう。真っ青な空を思い浮かべればいい。“空”だけに」

 おそらく漢字の空とからを掛け合わせたのだろう。普段だったらそんなつまらないギャグに笑わない史帆でも、老人が真面目ぶって言うものだからつい笑みが漏れた。
 史帆は目を閉じてイメージする。

「真っ青な空。一面が真っ青な空だ。どこまでも続く青。青い空には何の天敵もない」

 老人の言う通り頭の中で青空を思い描いていた史帆だが、天敵という言葉が一気に現実へと引き寄せた。まるでこれまで自由に羽ばたいていた鳥が翼をもがれたように。
 滑落していく。博の憎らしい顔を消そうとしてもこびりついた様に取れない。史帆は拒絶反応を示すかのように体を大きく左右に振った。

「天敵なんていないんだよ。君が見ているのは幻。君の世界には君しかいない。さあ、もう一度」

 老人の声に後押しされるように史帆は再び真っ青な空を思い描いた。手が誰かに操られているかのように勝手に動き出し、カードをシャッフルし始めた。



 消えていたはずのランタンにまた灯がともった。
 風が吹いてセロハンテープで止めていた紙が飛ばされ、すぐに見えなくなった。


■筆者メッセージ
あけなおめです。
今年もぴくなよろです。
はい。
( 2020/01/01(水) 16:00 )