04
変な夢を見ていた。
目を覚ました史帆は軽い頭痛を覚えた。今は朝? それとも夜?
上半身を起き上がらせると、携帯電話を取り出した。
「もうこんな時間」
携帯電話のディスプレイに映し出された時刻は夜の十時を回っていた。何時間寝ていたのだろう。史帆は思い返そうとして、今日の記憶が曖昧なことに気が付いた。
唯一明確に覚えているのは夢を見ていたことだ。学校へ行こうとしたら変な老人に会ったこと。確かカードを渡された気がする。どこへしまったのだろう。
史帆がカードのしまい場所を思い出そうとすると、階段を駆け上がる音が聞こえた。瞬間的に兄が帰って来たのだと察すると史帆の体に緊張が走った。
そのままノックもなしに扉が開かれた。いつも施錠してあるはずの鍵だが、今日に限っては忘れてしまったようだ。まさか自分の部屋を開けられるとは予想していなかった史帆は上半身を起こしたまま固まってしまった。
「おい、金を貸してくれ!」
「い、いくらよ」
「あるだけ! 頼む!」
いきなり侵入してきた兄の顔は般若のようだった。鬼気迫るというよりも、もはや鬼といっても過言ではないように史帆の目にはそう見えた。
「あるだけってそんな……昨日も貸したでしょ」
貸したといっても、返ってくることはないと史帆は思っているが、さすがの兄の形相に史帆はそこまで強く言えなかった。
「昨日は昨日。今日は今日。先輩に借りてた金、今日が返す日だってすっかり忘れてたんだ。いや、忘れてはいなかったけどパチンコで返すつもりだったんだ。けど今日は負けちまってさ。頼むよ。先輩、怒らせると怖いから。な、あとで倍にして返してやるから」
諭すような口調だが、苛立ちを隠せずにいることは分かった。さっさと金を出せといわんばかりに博の指先がリズミカルに自身の太ももを叩いている。
「無理よ。私だってお金がないし」
大学受験を控え、史帆はアルバイトをしていなかった。親からわずかなお小遣いをもらっているが、そのほとんどが博に取られてしまっている。
「だったら下着でも売ればいいじゃないか。俺が売ってやるよ」
不意打ちを食らった格好の史帆だったが、さすがにその言葉は彼女の怒りに火をつけた。
「売ればいいじゃないかって、そんなの自分の下着でも売ればいいじゃない」
「お前バカかよ。男の下着を売って誰が買うんだよ。お前はまあ、顔も悪くはないしまだ十代だからそこそこいい値段で売れるんだって。それか、下着を売るのが嫌だったらいっそのこと体でも売るか? パパ活っていうんだろ。『私の処女もらってください』っていえば金持ちのおっさんが食いつくはずだし。お、名案を思いついた。俺とお前でコンビを組めばいい。おっさんを騙して二人で金儲けしようぜ。お前がおっさんを引っかけて俺が『未成年に何手を出してんの』って脅せば金なんてほいほい入ってくるよ。最高じゃん。お前にも分け前をやるから」
血の繋がった兄妹とは思えなかったし、思いたくもなかった。もはや外道だ。彼は人にあらずの存在だ。
史帆は怒りを通り越して悲しくなった。涙がとめどなく溢れ出てくる。
「チッ、めんどくせーな」
舌打ちとともに扉を蹴り飛ばす音が聞こえた。