第三章
02
 その記事は妻である女が夫と息子、更には夫の浮気相手とみられる女を立て続けに包丁で刺し殺し、彼女自身も命を絶ったという内容だった。特に不倫をしていたとみられる夫よりも一人息子のほうが刺された箇所は多く、これを疑問視する記事も関連の項目にあった。
 史帆の目は貪るように関連記事まで読み進めていく。記事を読んでいるだけなのに心臓の高鳴りが聞こえてくるようだ。

「羨ましい……」

 その光景を想像しただけで高揚感が体を包んだ。と、同時に嫉妬心が膨れ上がった。どうしてこの女は私の家も壊してくれなかったのだろう――。
 父親も母親も、そして最大の元凶である兄も――みんな死んでしまえばいいのだ。もちろん自分自身さえも。

 電車が史帆の降りる駅に止まった。が、史帆はそれに気づかないほど記事の世界に飲み込まれていた。

「もしもしお嬢さん」

 だから話しかけられているのがまさか自分だとは思わなかった。誰かが何か言ったような声だけは聞こえたが、まさか自分に向けられた言葉だとは露にも思ってもいなかった。

「お嬢さん」

 肘をツンツンと指でさされ、史帆はようやく現実世界に戻ってきた。

「ずいぶんと遠い世界へ行っていらしたようで」

 目の前の座席に座っていたのは黒いハットを被った老人だった。史帆から見れば彼は自分の祖父ぐらいに見えた。
 いつの間にか電車の中は閑散としていた。人はまばらな数だけしかおらずそのほとんどが座席に座って眠っているようだ。

 史帆はどう反応していいかわからず、とりあえず作り笑いをして見せた。男性に声をかけられることはたまにあるが、ここまでの年長者は初めてのことだ。

「何か楽しいことでもあったのかな。おじいさんに話してくれんかね」

「いや、そんなことありませんよ。人に話せるほど面白い話題を私は持っていませんので」

 ここは一体どこだろう。終点まで行って、折り返しているのかもしれない。史帆は作り笑みを絶やさないまま窓の向こうを見た。


■筆者メッセージ
何やら転載が起きたとか。
うーん。僕は自分の作品に愛着がないのか別に転載されようがどうでもいいんですけどね。
僕のような考え方をしている方はたぶんあまりいないと思うのでね、そこまで深くは言いません。
( 2019/06/20(木) 21:02 )