第二章
07
 さすがに飲みすぎたか。長い小便を終えると、雄二は鏡に映る自分の顔を見た。顔は猿のように真っ赤になっている。
 そろそろ帰るか。頭の中には奴の姿はもう消えていた。

 トイレから出ると、カウンターに人が座っているのが見えて雄二は悲鳴を上げそうになった。

「おや、奇遇ですね」

 小便をしていなかったらおそらく漏らしていたことだろう。雄二は腰が砕けかけたが、壁に手をついて何とか堪えた。

「ど、どうしてお前がここにいるんだ! ストーカーか! ストーカーだろ! おい、警察を呼べ!」

「酷いことを言うものですなぁ。私はここの常連でしてね、仕事を終えた一杯を求めに来ただけなのに」

「そうですよ。うちの数少ない、絶滅危惧種のような常連様です」

 店員は自虐が好きなのか。肩を揺らす男に対し、雄二は全く面白くもなかった。
 もしかしてこの二人は仲間なのか。そうだ。そうに違いない。雄二の憶測はすぐに確信に変わった。

「お前らがグルなのはわかった。俺が自分で呼んでやる」

 こういう時のために携帯電話があるではないか。酔いが一気に醒めた雄二は震える手で携帯電話を取り出した。

「警察は110ですよ。119は救急で、117は時報ですのでお間違いなく」

 これから警察を呼ぶと言っている人間に対し、男は冷静というよりもこの状況を楽しんでいるかのようだった。
 見てろよ――余裕綽々(しゃくしゃく)の表情が憎らしくて、それを目に焼き付けるかのように男を睨むと、雄二はダイヤルを押した。

「おい、どうなってるんだ」

 しかし何度もかけているのに一向に繋がらなかった。ただプープーという音だけが聞こえるばかりで、雄二はパニックになりそうな自分を何とか抑え込んでいた。

「ダイヤルがパンクでもしているのでしょう」

「そんなはずあるか。おい、店の電話を貸してくれ。こんな店でも電話ぐらいあるだろう」

「どうぞ。ただ、こんな店とは失礼ですね。この店を貶していいのは店主である僕だけですよ。まあ、裏では何を言っても構いませんけど」

 店員はいくら自虐的であっても、人から言われるのは嫌いなようだ。

「そんなこともっと大きな店になってから言え」

「僕だってできるものならしたいですよ。こうバーっと大金が舞い込んでこないかなぁ。バーだけに」

「ほほう。やりますねぇ」

 頭のおかしい二人を侮蔑するように一瞥(いちべつ)すると、雄二は電話を手に取った。

「おい、これも使えないじゃないか」

 だが、どんなに110を押しても一向に繋がらなかった。試しに119にも117にもかけてみたが、どちらも繋がることはなかった。

「電話に出んわってやつですか」

「いやいや、繋がらないようです。僕と道行くお客様みたいに」


■筆者メッセージ
日付が変わったらまた更新するかもです。


T2さん

どうでしょうね。
ご想像にお任せします。
( 2019/02/07(木) 22:04 )