07
さすがに飲みすぎたか。長い小便を終えると、雄二は鏡に映る自分の顔を見た。顔は猿のように真っ赤になっている。
そろそろ帰るか。頭の中には奴の姿はもう消えていた。
トイレから出ると、カウンターに人が座っているのが見えて雄二は悲鳴を上げそうになった。
「おや、奇遇ですね」
小便をしていなかったらおそらく漏らしていたことだろう。雄二は腰が砕けかけたが、壁に手をついて何とか堪えた。
「ど、どうしてお前がここにいるんだ! ストーカーか! ストーカーだろ! おい、警察を呼べ!」
「酷いことを言うものですなぁ。私はここの常連でしてね、仕事を終えた一杯を求めに来ただけなのに」
「そうですよ。うちの数少ない、絶滅危惧種のような常連様です」
店員は自虐が好きなのか。肩を揺らす男に対し、雄二は全く面白くもなかった。
もしかしてこの二人は仲間なのか。そうだ。そうに違いない。雄二の憶測はすぐに確信に変わった。
「お前らがグルなのはわかった。俺が自分で呼んでやる」
こういう時のために携帯電話があるではないか。酔いが一気に醒めた雄二は震える手で携帯電話を取り出した。
「警察は110ですよ。119は救急で、117は時報ですのでお間違いなく」
これから警察を呼ぶと言っている人間に対し、男は冷静というよりもこの状況を楽しんでいるかのようだった。
見てろよ――余裕
綽々の表情が憎らしくて、それを目に焼き付けるかのように男を睨むと、雄二はダイヤルを押した。
「おい、どうなってるんだ」
しかし何度もかけているのに一向に繋がらなかった。ただプープーという音だけが聞こえるばかりで、雄二はパニックになりそうな自分を何とか抑え込んでいた。
「ダイヤルがパンクでもしているのでしょう」
「そんなはずあるか。おい、店の電話を貸してくれ。こんな店でも電話ぐらいあるだろう」
「どうぞ。ただ、こんな店とは失礼ですね。この店を貶していいのは店主である僕だけですよ。まあ、裏では何を言っても構いませんけど」
店員はいくら自虐的であっても、人から言われるのは嫌いなようだ。
「そんなこともっと大きな店になってから言え」
「僕だってできるものならしたいですよ。こうバーっと大金が舞い込んでこないかなぁ。バーだけに」
「ほほう。やりますねぇ」
頭のおかしい二人を侮蔑するように
一瞥すると、雄二は電話を手に取った。
「おい、これも使えないじゃないか」
だが、どんなに110を押しても一向に繋がらなかった。試しに119にも117にもかけてみたが、どちらも繋がることはなかった。
「電話に出んわってやつですか」
「いやいや、繋がらないようです。僕と道行くお客様みたいに」