第6章「Sなの? Mなの?」
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 初心者の私でも、これがいかに低レベルな試合か分かった。ガターの連発をし合い、半分を投げ終わって互いにようやく二桁に乗せたばかりである。

「いい試合ね」

 恥ずかしさか、運動のためか愛佳の表情は赤かった。

「そうね。でも勝つのは私だから」

 低レベルな試合だと笑いたい奴は笑えばいい。私たちには私たちの勝負があるのだ。

「冗談を。そういうのは勝ってから言いなさい」

 愛佳が十一回目の投球に入る。形ばかり上手で、雰囲気はあるのに玉の行き先は明後日の方向だ。
 短く息を吐くと、玉を転がす。黒い玉はゴロゴロと音を立てながら当然のように横へ逸れていき、最終的には低位置へと収まった。

「もう、なんでー」

 下手だからと、あやうく口が滑りそうになった。悲しいかな私も同レベルなのだ。

「きっと轍が出来ているのよ」

 そうとしか考えられなかった。最初の愛佳の一投で轍が出来てしまったのだ。
 全く。余計なことをしてくれるものだ。私が最後にしたボーリング、確か小学生だった頃にはもっと上手かったはずである。
 私が回想をしていると、愛佳の十二投目は今度は逆方向へと転がっていった。轍を意識し過ぎるあまり逆方向への意識が強くなってしまったのかもしれない。

 項垂れる愛佳の横を通り過ぎ、ピンク色の玉を丁寧にタオルで磨く。頭に血が上っている愛佳は気付いていないが、他のレーンを見てみると投球前に玉を磨いている人たちが多かった。
 あれは絶対に意味があるはずだ。滑り止めは勿論のこと、転がる時にも影響を及ぼしているに違いない。

 私は時間をかけて磨くと、いざ構えた。イメージトレーニングはもう十二分に済んでいる。乗馬もそうだが、物事というのが何事もイメージが大事である。
 一番近くにいるレーンの人たちの動きを参考に、私は常にイメージを作ってきた。序盤は身体とそれが上手くリンクしなかったが、もうそろそろいいはずだ。

 呼吸を整え、私は投球動作に入った。助走を付けて右手を振り抜くと、指先から玉が飛び出していった。
 ゴトンと音を立てた玉は回転をしながら側道へと飲み込まれた。まるでピンに当たることを怖れているようだ。

 愛佳の笑い声が聞こえた。うるさい。これからだ。今に見ていろ。笑い声を悲鳴に変えてやる。
 意気込んだ私は返って来た玉を手に取ると、今度はすぐに投げた。こういうのは勢いが大事だ。
 しかし今度の投球もすぐにガコンと音を立てながら側道へと飲み込まれていった。

「痺れる試合ね」

 互いに十二回の投球を終えて点差はわずかだった。電光掲示板を見て、私は頼むから他の人たちに見せられないようにしてくれと願った。

( 2018/04/25(水) 19:02 )