03
身体を洗い終えた二人は浴槽へと浸かった。浴槽は広く、二人が入っても窮屈さは感じなかった。が、湯煙の中で美久の顔を見ていると、麻衣は言いようもない不安に駆られた。
悪い子ではない。施設で育ったというように、世界観が同世代の子よりも低いだけだ。むしろそんな特殊な環境下の中、いい方向へと育っていたように思う。
胸の中で広がる不安感。液体をこぼしてしまったような広がりを見せる胸の中で、麻衣は浴槽の縁に首を預けた。煙がモクモクと上に上がっていくのが見える。
「大きなお風呂っていいですよね」
無邪気な美久の声が聞こえ、身体を動かす気配もした。気が付くと、美久の身体は対面していた体勢から、麻衣が抱えるような形に変わっていた。
お湯のおかげで重さは感じないが、美久の濡れた頭部がすぐ視線を下げれば目の前にある。
「ちょっと。近いわよ」
「いいじゃないですか。裸の付き合いというでしょ。これから長いお付き合いになるんです。スキンシップですよ、スキンシップ」
そう言って美久は麻衣の両腕を取り、自らの腹部に抱え込ませるようにした。お湯の中で美久の腹部が触れる。お世辞にも筋肉質とはいえない腹だった。
「ああ。なんだか安心します。施設じゃこんなこと出来る人はいませんでしたから」
愛情に飢えているのかもしれない。母親の影を自分に重ねているのかもしれない。麻衣はそう思うと、邪険に扱えなかった。
「ねえ、ご両親の顔は覚えているかしら」
「うーん。あんまり覚えていないんですよねえ。特にお母さんのことはサッパリ」
やはりそうだ。麻衣は自分の考えに確信を持った。
「言っておくけど、私はお母さんじゃないからね」
麻衣の言葉に美久の腹が揺れた。
「分かってますよ。お姉さまは美久にとって先輩でもあり、お姉さまでもあるんです。お母さんじゃありませんよ」
そういう血縁関係を示すようなことではない。麻衣はそう言おうと思ったが、きっと美久は分かって言っているのだ。何も知らないような顔をしているが、意外とこの子は頭の回転が早い。そして――。
どうすれば可愛がってもらえるか知っている。人懐こい猫が、人間に懐けば餌をもらえることを知っているように、美久もまた人から可愛がられる術を知っているのだ。施設という特殊な環境下の中で美久が得た術なのかもしれない。
「私、そろそろ上がるわ。美久ちゃんはどうする?」
「美久も上がります」
腕の中からスルリと抜ける美久。黒い頭部から、桃のような丸くて瑞々しい尻に変わった。不意に麻衣はドキリとして、視線を逸らした。