第九章「麻衣」
01
 新しい同居人との生活が始まった。椿家にやって来た新しい玩具――美久は十四歳にして、早くもメイドとしての片鱗(へんりん)を見せている。
 麻衣には美久の熟練とした動きが信じられなかった。自分が売られたのは十五歳の頃。それよりも一歳若くして売られたのにも関わらず、美久の動きはもう何年も仕えているようであった。

 この子は普通の子じゃない――初めて会った瞬間を、麻衣ははっきりと覚えている。透き通るような肌。大きな目。お人形と呼ぶに相応しい少女が恭一郎の横に立っていた。
 その顔を見た瞬間、麻衣の前身の毛はブワリと逆立った。もちろん、可愛さもあった。聖菜とも渚沙とも違う美少女は、本当の人形のようだった。
 けれど、嫌な感じがしてならなかった。怖かった。そう。麻衣は美久を見た瞬間、恐怖心を覚えたのだ。あれは生理的な嫌悪感からくるものではない。確かにあの時、麻衣は怖いと感じた。

「電話で話した美久だ」

「初めまして。美久と申します」

 恭一郎に紹介され、ペコリと頭を下げた美久を見ると、麻衣も慌てて自己紹介をした。

「ご主人様から伺っています。どんな方なのだろうと思っていましたけど、綺麗で優しそうな方でよかったです」

 顔に似合わず、言葉遣いは子供子供していなかった。

「分からないことは全部麻衣に訊くといい」

「はい。お姉さま、ご主人様。不束者(ふつつかもの)ですが、どうぞよろしくお願いします」

  ◇

 レストランから帰宅後、珍しく恭一郎は「寝る」と言って、風呂に入ったかと思えばすぐに寝てしまった。レストランで恭一郎はワインを飲みすぎていた。生理以外で抱かれないのは久しぶりのことで、本来なら麻衣は手放しで喜ぶものだった。
 が、新しい同居人の存在がそれを邪魔した。

「お姉さま。もしよろしければ、お風呂に一緒に入ってくれませんか」

 翌朝の朝食の下準備が終わり、風呂へ入ろうとした時のことだ。麻衣は誘われた。

「一緒に?」

「はい。美久は一人ではまだ入れないのです」

 麻衣が美久と同じ十四歳の頃には、とっくに一人で入浴も就寝もしていた。渚沙もそうだが、中には一人で何も出来ない子がいるようだ。

「まあ、いいけど」

 恐怖心は麻衣の胸奥(きょうおう)に鉛のように沈殿しているが、風呂へ入るぐらいならいいだろうと承諾した。

「ありがとうございます。やっぱりお優しいお姉さまでよかった」

 そんなはずがないわよ――そう言おうとしたが、美久の屈託のない笑顔を見ていると、毒を抜かれたように言葉が出てこなかった。

■筆者メッセージ
第九章の始まりでやんす。


アルビスさん

そんな語尾にやんすを付ける眼鏡の男なんて知らないでやんすよ。
ねえ、某ゲームで必ず主人公と出会うあの足だけが取り得の男なんて分からないでやんすよ。
あんまり作品に核心めいたことを書かれると困るでやんすよ。まあ、拍手メッセージだからいいでやんすけど。
( 2016/02/22(月) 21:33 )