07
ステーキハウスを出た二人は、買い物へ行くことにした。施設から出たばかりだという美久は、ポシェット以外何も持っていなかったのだ。
肝心のポシェットの中身にしても、現金は硬貨が数枚。あとはハンカチとティッシュだけだった。まるで家で少女だな。恋人のように自分の腕を取る美久を見ながら恭一郎は思った。
「へー。大きいところですね」
日用品から専門品まで扱う大型のショッピングセンターを見ながら美久は感嘆したように言った。少女の視線はあちこちに向けられている。
「美久は施設以外にどこかへ出掛けることはなかったのか?」
辺りをキョロキョロと見渡す美久は、恭一郎の目に危なっかしく映った。
「ほとんどないです。行ったとしても、近所のスーパーぐらいです」
美久と同じぐらいの歳の子がすれ違う。制服を着た少女たちだった。美久は彼女たちを物珍しそうに目で追った。
「これじゃあ、補導されちまうな。おい。何かあったら俺のことはお兄ちゃんだと言うんだ。分かったな」
恭一郎は美久の腕を離すと、不思議そうな顔を向けられた。
「ご主人様じゃダメなんですか?」
「バカ。こんなところで美久にご主人様と呼ばれたら、警察に補導される可能性があるだろ。俺たちは兄妹だってことにするんだよ」
言っていることがよく分からないのか、バカと言われたことに傷ついたのか、美久は悲しそうな顔をした。初めて顔を見た瞬間に感じた能のような無表情はどこかへ消え去ってしまっていた。
むしろ、歳相応というよりは、はるかに子供じみていた。四歳児かそれくらいのようだ。
「いい子にしてたら好きな物を買ってやる」
恭一郎の言葉に、美久はパッと表情を明るめた。
「いいんですか?」
「ああ。だからちゃんといい子にしてるんだぞ」
「します。美久、いい子にします」
何も知らない子供だった。施設以外、彼女の世界は同世代の子達から比べ、はるかに狭量な世界だった。おそらく、実年齢よりも十歳は幼いのだろう。そう思うと、かすかに恭一郎の胸が痛んだ。
この国でこんな子供がいるなんて。いつか見た映画で、ストリートチルドレンの話があったことを思い出した。ロシアだったか、アメリカだったか。雪が降っていたような気がするから、たぶんロシアなのかもしれない。美久はその子供たちと遜色のない子だった。
「あとでクレープも買ってやるからな」
「クレープ? グレープじゃなくて?」
美久は顔を傾けた。
「グレープじゃない。クレープだ。ほら、そこに屋台があるだろ」
クレープも知らないのか。恭一郎は苦笑しながら、目の前にある屋台を指差した。そこには制服姿の女生徒たちが何人か並んでいた。
「食べ物ですか?」
「そうだ。甘くて美味しいぞ」
甘くて美味しい――その言葉を聞いた美久は、ニッと笑って見せた。