第八章「美久」
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 肉の塊を美久は大きな口を開けて放り込んだ。口の端に付いたソースを舌で舐め取ると、目を細めながら咀嚼(そしゃく)する。

「美味いか」

「はい。美味しいです」

「たくさん食えよ」

「ありがとうございます」

 美久の食いっぷりに、恭一郎は清々しさを覚えた。年頃の女が大口を開けて食べる姿は、爽快な気分にさせてくれる。
 ホテルのラウンジを出た恭一郎は、食事を摂ることにした。美久に何が食べたいか聞くと、ステーキが食べたいという。恭一郎は快諾し、行きつけのステーキハウスまでやって来た。

 美久――ラウンジを出て、外の風に吹かれた瞬間、恭一郎はその名が突然降ってやって来た。そう。閃いたのではない。空から降って来るように、頭の中にピタリと着地したのだ。
 美しさを永久(とわ)に遺す――『MIKU』に新しい名を伝えると、彼女は嬉しそうに笑って見せた。太陽のような無邪気で明るい笑顔だった。

 恭一郎はメイドの名前を自由に付ける権利を持っている。本名を捨てた女たちである。
 だが、恭一郎はあえてローマ字を漢字に変えるだけにした。名前を新しく考えるのも面倒だったし、名前なんてどうでもよかった。所詮は区別するだけのものに過ぎない。
 
 そんな中でも、美久の名は満足だった。美しいという文字に名前負けをしていない。あとは、それを永久に遺させるだけだ。
 永遠なんてものはない。人はやがて老いて死ぬ。抗えぬ中で、美久だけはそうならないでほしいと願う自分がいた。こんな気持ちは初めてのことだ。

「あの、もう一枚頼んでもいいですか」

 よほど美味かったのか、美久は一人前の肉をペロリと平らげた。ナイフとフォークを持ちながら、恭一郎のことを伺い見ながら尋ねた。

「もちろんだ。好きな物を頼みなさい」

「やったー。ありがとうございます」

 こうしてみれば、美久はどこにでもいそうな子だった。夢宮が言うには、特殊な子だというが、何が問題なのだろうか。
 そう思った恭一郎は、取扱説明書を取り出した。

 性別から血液型、身長や体重をパラパラと流し読みしていると、ようやく夢宮がいうことが分かった。美久は統合失調症を患っているのだ。
 初めて顔を見た瞬間に感じた陰を残しているような雰囲気――それはこの症状から来るものだった。納得していると、美久の前に湯気が立ったステーキが運ばれた。

「ご主人様は食べないのですか?」

 恭一郎の前にはまだ半分以上残った肉があった。美久の食いっぷりを見ているだけで、腹が一杯になったのだ。

「俺のことは気にしなくていい。たくさん食べるんだ」

 恭一郎がそう言うと、美久はソースが付いた歯を見せた。

■筆者メッセージ
よく食べる子っていいですよね。
さすがにギャル曽根はやり過ぎですけど。


アルビスさん

みくりんは裏だらけです。
それがまた伏線だったり……。
西野カナのトリセツは最低ですけどね。あれはないですよ。
テル岩本です。GLAYじゃないです笑
( 2016/02/11(木) 08:49 )