05
肉の塊を美久は大きな口を開けて放り込んだ。口の端に付いたソースを舌で舐め取ると、目を細めながら
咀嚼する。
「美味いか」
「はい。美味しいです」
「たくさん食えよ」
「ありがとうございます」
美久の食いっぷりに、恭一郎は清々しさを覚えた。年頃の女が大口を開けて食べる姿は、爽快な気分にさせてくれる。
ホテルのラウンジを出た恭一郎は、食事を摂ることにした。美久に何が食べたいか聞くと、ステーキが食べたいという。恭一郎は快諾し、行きつけのステーキハウスまでやって来た。
美久――ラウンジを出て、外の風に吹かれた瞬間、恭一郎はその名が突然降ってやって来た。そう。閃いたのではない。空から降って来るように、頭の中にピタリと着地したのだ。
美しさを
永久に遺す――『MIKU』に新しい名を伝えると、彼女は嬉しそうに笑って見せた。太陽のような無邪気で明るい笑顔だった。
恭一郎はメイドの名前を自由に付ける権利を持っている。本名を捨てた女たちである。
だが、恭一郎はあえてローマ字を漢字に変えるだけにした。名前を新しく考えるのも面倒だったし、名前なんてどうでもよかった。所詮は区別するだけのものに過ぎない。
そんな中でも、美久の名は満足だった。美しいという文字に名前負けをしていない。あとは、それを永久に遺させるだけだ。
永遠なんてものはない。人はやがて老いて死ぬ。抗えぬ中で、美久だけはそうならないでほしいと願う自分がいた。こんな気持ちは初めてのことだ。
「あの、もう一枚頼んでもいいですか」
よほど美味かったのか、美久は一人前の肉をペロリと平らげた。ナイフとフォークを持ちながら、恭一郎のことを伺い見ながら尋ねた。
「もちろんだ。好きな物を頼みなさい」
「やったー。ありがとうございます」
こうしてみれば、美久はどこにでもいそうな子だった。夢宮が言うには、特殊な子だというが、何が問題なのだろうか。
そう思った恭一郎は、取扱説明書を取り出した。
性別から血液型、身長や体重をパラパラと流し読みしていると、ようやく夢宮がいうことが分かった。美久は統合失調症を患っているのだ。
初めて顔を見た瞬間に感じた陰を残しているような雰囲気――それはこの症状から来るものだった。納得していると、美久の前に湯気が立ったステーキが運ばれた。
「ご主人様は食べないのですか?」
恭一郎の前にはまだ半分以上残った肉があった。美久の食いっぷりを見ているだけで、腹が一杯になったのだ。
「俺のことは気にしなくていい。たくさん食べるんだ」
恭一郎がそう言うと、美久はソースが付いた歯を見せた。