第八章「美久」
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 バターを塗りすぎているのか、本来はサクッとした感触のトーストが、ベチャっとした感触になっている。無駄に油っぽい口の中身を洗い流そうと、コーヒーを口に含むと、ただ濃いだけの味が広がった。

「不味いな」

 つい店の中だというのに、そう不満が口から溢れ出た。そう。恭一郎は口に出すつもりはなかった。心の中で閉まったはずの言葉が、勝手に出て来たのだ。

「そうですか」

 対面する麻衣は、興味なさげに答えると、サラダをフォークを使って口の中へ放り込んだ。恭一郎も、トーストの横にあるサラダを食べたが、こちらはドレッシングのかけすぎで不味かった。

「あとは全部くれてやる。食べろ」

 皿をグイっと麻衣の前に差し出した。
 何もかも恭一郎の舌に合わない。久しぶりに食べた喫茶店のモーニングセットは、金を払うには値しない味だった。

「かしこまりました」

 殊勝なメイドはそう言うと、恭一郎が一口(かじ)ったトーストを口の中へ入れた。

「な、不味いだろ」

「そうですか。私にはそう感じません」

 咀嚼(そしゃく)しながら答える麻衣が信じられなかった。

「貧乏舌か、お前は」

「そうかもしれません」

 事も無げにサラリと言う麻衣に、恭一郎は不味いコーヒーを啜った。

「交換しますか」

「いや、いい」

 麻衣が飲んでいるのはロイヤルミルクティーだった。恭一郎は紅茶よりもコーヒー派だった。

「しかし、よくもみんなこんな不味い物を平気で飲み食い出来るな」

「ご主人様が舌を肥え過ぎているだけだと思います」

「バカ言え。ほとんど食べているのはお前の料理だ」

 たまに外食をするだけで、もっぱら恭一郎は自宅で麻衣が作った料理を食べている。改めてこの女は料理上手だったことを思い知らされた。

「俺の舌が肥えているということは、お前が相当料理上手だということになるな」

「麻衣には勿体無いお言葉です。あと、普段家で作っている料理は味を薄めに作っていますので」

 麻衣の言葉に、恭一郎は指を鳴らした。

「それだ。その味に慣れてしまったから、濃く感じてしょうがないんだな」

 長生きをするつもりなど毛頭ない。どうせ死ぬのだ。潔く、パッと死にたい。
 それでも、麻衣が自分の健康を気遣ってくれているように感じた。

「薄味なのは単にお前の好みか。それとも俺のためか」

「もちろんご主人様のためです」

「殊勝なメイドだ」

 いつか紗矢が言っていた赤い糸の存在。バカにしていたが、もしかしたらそれは本当なのかもしれない。麻衣と出会うことは、赤い糸で結ばれていた。
 結ばれていたのだから、二人は自然とこうして一緒にいるわけだ。朝から運命めいたことを考える自分が、恭一郎には可笑しく思えた。

「私はご主人様がいなくなったら生きていけませんから」

■筆者メッセージ
店によってはなんで先にドレッシングをかけいるんでしょうね。
最初から調味料がかかっているケースなんて少ないでしょうに。
なんでドレッシングだけは許されているんでしょうか。
と、ドレッシングが嫌いな人間が言ってみます。


読むだけの者ですがさん

ツイッターでね、前にアンケートを取ったのですよ。
そしたらまいやんが一位で、みくりんが二位でした。
ちなみに三人とも同い年のはずですよ。
へへへ。若い子が好きなもんで。
( 2016/02/09(火) 00:24 )