第七章「紗矢」
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 オイオイと咽び泣く紗矢を横目に、恭一郎はさっさとベッドの中に潜り込んだ。セックスの後で疲労感が押し寄せていた。

「ねえ、恭一郎さん……」

 小さな子供が親に欲しい物をねだるような声だった。

「うるさい。そんなに金が欲しけりゃ風俗にでも行けばいいだろ。それとも何か。俺との関係は金でしか繋がってないっていうのか。お前、俺と初めて会った時に言ったよな? 『赤い糸で繋がっている』って。赤い糸じゃなくて、金の糸で繋がってるのか」

「違う。そういう意味じゃないの。お願い、分かってよ」

 元から面倒な女だったが、それ以上に面倒な女に成り下がったものだ。身体を揺すられながら、恭一郎は眠りを妨げる紗矢を睨んだ。

「恭一郎さん……」

「うるせえ奴だな、お前は。そもそも百姓の娘が一流自動車メーカーの社長を親父に持つ俺と付き合っていたことに感謝しろよ。田舎臭いお前を相手してやってたのは、あくまで契約のためだって言っただろ。もう俺たちの関係は終わったんだ。契約切れなんだよ。分かったらさっさと出て行け」

 赤く充血した目が、大きく見開かれ、また大粒の涙を流した。またコイツは泣くのか。
 女というのは楽な生き様だ。何かあれば泣いて男を頼っておけばいいと思っている。

 だけどそれは違うんだよ。他の男はそうかもしれないが、例外なんていくらでもある。通用しなくて憤りたければ、一生憤っていればいい。それがバカな女にはお似合いの人生だ。
 シクシクと泣き続ける紗矢を尻目に、恭一郎は寝ることにした。起きればこの女はおなくなっているだろう。



 喉に異変を感じたのは、恭一郎が浅い眠りにつこうとしている頃だった。最初は夢かと思っていた。誰かに首を絞められる夢なんて物騒な夢だ。
 だが、夢にはない“痛み”を感じた。喉仏に親指が添えられ、ゆっくりと圧迫されていく中で、恭一郎はパッと目を覚ました。

「殺してやる」

 目の前にいたのは鬼の形相をした紗矢だった。芋くさい顔は、怒りで歪んでいた。

「かっ……かあっ……」

 恭一郎は自分の首を絞める紗矢の手を掴み、引き剥がそうとした。

「殺してやる!」

 恭一郎が起きてしまったことに焦った紗矢は、力いっぱい首を締め付けようとした。が、所詮は女の力だった。重量物など持ったことのないであろう非力な腕では、男の恭一郎の力には勝てるはずがなかった。
 引き剥がされる紗矢の手。恭一郎は腹筋を使って、上半身を起こすと、紗矢を床へと落とした。

「愛した男を殺そうとするとは。恐ろしい女だぜ」

 床に倒れる紗矢の腹部をサッカーボールを蹴るかのように蹴飛ばすと、苦痛に歪む紗矢の髪の毛を掴んだ。

「こりゃあ、調教が必要だな」

 どうせ社会から見放された女だ。鬼の形相から一変、恐怖に引きつる紗矢の顔を見ているだけで、恭一郎は背筋がゾクゾクするのを感じた。

■筆者メッセージ
気が付けばもう月が替わってしまいました。


読むだけの者ですがさん

日本に恋愛が持ち込まれたのは明治以降です。
それまでは恋愛なんてありませんでした。
身分の高い人間は戦略結婚で、低い者は襲っていたと。
( 2016/02/02(火) 00:20 )