第五章「渚沙」
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 女生徒たちの会話を聞いてしまった翌日からだった。渚沙が学校へ行けなくなったのは。いつも微熱が続き、すっかりと学校へ行くことが怖くなってしまったのだ。
 そのまま一度も学校へ行けないまま渚沙は小学校を卒業した。が、すぐに中学はどうするのかという問題に直面した。

 地元の中学は考えられなかった。思春期真っ只中の男子生徒たちの中へ入るのは、腹を空かせた肉食動物の群れに突っ込むのと同様のことだった。
 何とか親に頼み込み、渚沙は地元から離れた中学へと通い始めた。しかし、自分のことを好奇に見る男子生徒たちの視線に耐えられず、渚沙はわずか三日で学校へ行けなくなってしまった。

 どうしたものかと悩んだ両親は、特別学級へと渚沙を通わせることにした。不登校の生徒たちを何人も抱えており、ここなら渚沙は通えるのではないかと考えた。
 渚沙も、そこでなら通えそうな気がした。周りにいる子達はみんな自分と同じなのだから――。

 けれど渚沙は知らなかった。まさかあんな目に遭うなんて。

 特別学級は渚沙のように不登校になってしまった生徒と、障害も持った生徒たちの二通りの生徒たちが通っていた。不登校の生徒たちは、みな渚沙のように大人しかった。誰も彼女を冷たい目で見ない。
 だが、障害を持った一人の男子生徒が問題だった。彼は渚沙を見た瞬間、ひどく興奮した様子を見せた。鼻水を垂らした鼻から勢いよく鼻息が出る。下腹部は、ジャージ越しからでも分かるほど勃起していた。

「な、なななぎさちゃん。か、かかかわいいね」

 荒い鼻息が当たりそうなほど顔を近付けられ、渚沙は嫌悪感を抱いた。

「あ、ありがとうございます……」

 だが、気の弱い渚沙は、拒絶し切れなかった。そうだ。今考えれば、あの時毅然とした態度を見せておけば、こんなことにはならなかったはずだ。
 後悔ばかりの人生で、渚沙が最も後悔しているのがこの時のことだった。後悔してもしきれない。これが渚沙の運命を変えたといっても、過言ではなかった。

 運命の転換期は、渚沙が特別学級に通い始めて一週間後に起きた。
 休日を挟んで迎えた月曜日のことだった。一週間経ったこの日も、無事に登校出来たことを渚沙だけではなく、彼女の両親も安堵した日のこと。

 午前のプログラムで体育があった。運動が得意な渚沙ではなかったが、障害を持った生徒たちもおり、小さい子供がやるような簡単な運動で汗を流していた。
 休憩が入り、渚沙はトイレへと向かった。用を足してトイレから出ると、相変わらず鼻息を荒くしたあの生徒とバッタリ出くわした。

「あ、あの、ここは女子トイレですよ……」

 てっきり渚沙は彼がトイレに入りたいのだと思っていた。男子トイレと女性トイレを間違えているのだろう。

「な、なななぎさちゃーん!」

 だが、それは違った。男子生徒は渚沙のことを狙っていたのだ。彼女が一人きりになる瞬間をジッと待っていた。
 今がチャンスといわんばかりに、渚沙へ抱きついた。

「きゃあー!」

 男子生徒に抱きつかれた渚沙は、声の限り叫んだ。そのおかげで、教師がすぐにやって来た。結局、渚沙は犯されることなく、男子生徒は教師によって引き剥がされた。

■筆者メッセージ
私服がおブスだっていいじゃないの。可愛いんだから。
デートっていうよりも、妹とお出掛けみたいでしたけどね。
( 2016/01/06(水) 01:46 )