09
翌日のことだった。
麻衣に起こされた恭一郎は異変を感じた。いつもならリビングにいるはずの聖菜がいないのだ。メイドのくせに寝坊か。恭一郎は聖菜の部屋に入ったが、彼女の姿はどこにもなかった。
「おい。聖菜を見なかったか?」
「さあ。見ていません」
麻衣に尋ねても分からずじまいだった。外へ逃げようにも、このマンションには警備員が常駐しているし、鍵がなければ外へ出られない構造となっている。
窓から逃げ出そうにも、高層マンションから逃げ出そうなんて不可能に思えた。しかもこの部屋にあるベランダには、飛び降り防止用の金網がかけられている。陸の孤島のようなものだ。
どこへ行った? 神隠しにでもあったのかと思いながら探していると、ようやく見つけた。
そこは風呂場だった。
浴槽が真っ赤に染まった浴室で、聖菜はいた。
聖菜は手首を切って死んでいた。素人目から見ても、絶命しているのが分かった。赤い海に沈むかのように、身体を曲げて絶命する聖菜の横にある壁には、『呪』と赤い文字で書かれていた。
血で書かれた文字。恭一郎は、壁に出来た染みを見るような目でそれを見ていた。
せっかく買った玩具だったが、どうやら酷使し過ぎたようだ。プライドをズタズタに引き裂いてやろうと思ったら、思いの外引き裂き過ぎたようだ。
気の強い聖菜との一ヶ月間は楽しかった。けれど、いくら楽しくても使い過ぎはダメだなと恭一郎は学んだ。浴槽なんかで死ぬものだから、後始末が大変だ。それならば、いっそのこと窓から飛び降りてくれた方が楽だったのに。
そう。恭一郎は聖菜が死んだことを、悲しんでなんていなかった。玩具はまた新しく買えばいい。
だが、聖菜ほど気の強い女とまた巡り会うことが出来るだろうか。人間相手もそうだが、玩具だって一期一会なのだ。次はどんな玩具と巡り会えるだろう。
恭一郎は早くも次の玩具を買うことを決めていた。しばらくは麻衣で遊べるが、この女だっていつ壊れるか分からない。従順になった振りをして、いつ聖菜のように自らの命を絶つか分かったものじゃないから、また新しい玩具をストックしておこう。
携帯電話のディスプレイには、夢宮の電話番号が表示されていた。
「殺してやる」
たまに聖菜が夢に出てくることがある。あの女は自分のことを怨んでも怨み切れないだろう。
だが、皮肉なものだ。殺してやると言った人間が死に、殺されてもいいと思っていた人間がこうしてのうのうと生き続けているのだから。
今なお聖菜に関しては、一つだけ心残りがあった。
フェラチオをさせていない。
あの女の勝ちだ。奴は勝ったのだ。
フェラチオをさせてやりたかったな。聖菜が死んでからずいぶんと経つのに、未だ恭一郎の心の中にはそれが鉛のように沈殿し続けている。