終章
02
 車から降りた瞬間、みどりのにおいがした。青臭くて、土臭いにおい。恭一郎はそれを思い切り吸うと、見上げてみれば、高い木々の間から太陽が覗いていた。

「ようやく着いたー」

 身体をグッと伸ばしながら、美久は興味深そうに辺りを見渡している。

「何もないね。静か」

 美久の言うように、鬱蒼(うっそう)とした木々が林立しているだけで、辺りには建物が見当たらなかった。

「だな。まさしく別荘地みたいでいいじゃないか。なあ、麻衣」

 キョロキョロと視線の定まらない美久に対し、麻衣はぼんやりと眺めているようだった。

「はい。そうですね」

 結局、車中で何度か敬語を止めさせようとしたが、長年染み付いた癖はそう簡単には抜けないようで、恭一郎たちは麻衣の口調を直すのを諦めた。

「ねえ、ママ。あとで一緒にお散歩へ行こうよ」

 堅物のような麻衣とは違い、美久は柔軟だった。完全に役になりきっている。

「えー。虫がいそうだし」

 露骨に顔をしかめる麻衣を見て恭一郎は薄く笑った。

「森なんだから虫がいて当たり前じゃないか」

「そうですけど」

「ここじゃ俺たちの方がよそ者だ。新参者は先輩たちに挨拶をしなきゃな」

「パパはお留守番しててよ。ママとたまにはガールズトークをしたいの」

 腕をパタパタと振りながら美久が言った。

「ガールズトーク? パパはそこへ入っちゃダメか」

「ダメー。ガールズトークなんだから、男子禁制。パパは男でしょ」

 腕をクロスさせる美久の頭を撫でてやると、恭一郎はポケットから鍵を取り出した。

「じゃあしょうがないな。でも、夜までには帰って来てくれよ」

「はーい」

 元気よく手を上げる美久を背後に、恭一郎はコテージの扉を開けた。
 瞬間、今度は木のにおいが強く漂った。木々のにおいに包まれながら三人は中へと入って行った。

「寝室はどこだろうな」

 コテージは三人で泊まるには十分すぎる広さだった。個室が何個もある。恭一郎と美久は次々と扉を開けていく。

「ここか」

 恭一郎が開けた部屋の中で、その部屋だけがベッドが四つ並んでいた。あとは一つだけや、二つしか並んでいなかった。 

「ベッドが四つあるよ」

 恭一郎の声を聞いた美久が走ってやって来た。中を興味深そうに見ている。

「あとでくっ付けよう。今日はみんなでここに寝るんだ」

「パパもここで寝るの? やったー」

 部屋の中央でクルクルと回りながら喜ぶ美久を見ると、初めて出会った頃の活発さを取り戻したように感じた。確実に美久の症状はよくなっている。田中の言った通りだ。
 恭一郎はわざわざ有給を取って休んだ甲斐があったと思った。

「じゃあ、ママ散歩に行こう」

 恭一郎の背後にいる麻衣は、方眉をピクリと上げた。

「もう行くの?」

「うん。ねえ、パパ行って来てもいいでしょ」

 媚を売るような甘ったるい声だった。

「ああ。その間にパパはベッドをくっ付けているよ」

 そう言って腕捲りをすると、美久は無邪気な笑顔を見せた。

■筆者メッセージ
今日は休みじゃああああああああああああああ。


アルビスさん

終わりでやんすよ。
意外と長く続いていましたけどね。
ドロドロと終わりますかねえ。
( 2016/04/12(火) 04:55 )