第七章
07
 大晦日の独特な雰囲気は夜になって一層強くなった気がする。アクセルを踏み込みながら、文也は目的地を目指す。

「街並みが静かになってきたわね」

 高速道路を下り、一般道をひた走っていると、町並みはずいぶんと変わり始めていた。街の明かりが消え、街頭と家の明かりがポツポツと灯る道を一台の乗用車が突き進んでいく。

「だな。まさか大晦日にこんなところに来る物好きなんて俺たちぐらいだろ」

 きっと倉持は紅白歌合戦を観ながら酒でも飲んでいるか、はたまた飲み過ぎてもう潰れている頃だろう。太った身体を横たわらせれば、陸に上がったトドのようだ。

「そうよね。みんな初日の出を拝みにでも行くか、家でテレビでも観てるんでしょうね」

 クスクスと笑う七瀬は上機嫌そうだ。
 そりゃそうだと、文也は思う。待ち焦がれていただろう人類が滅ぶ日。文也の提案で、こうして“最後の”ドライブデートをしているのだから。

「初日の出なんて拝んだっても何も変わらないのにね」

「日本人は大好きなのさ。普段は無宗教ですって言っている奴が、神社をお参りしたり、初詣に行ったり、初日の出を拝みに行くなんて、バカげているもいいところだ。何の神様が祭ってあるのか分かりもしない神社で何を祈ろうっていうんだ」

「健康じゃない? それか幸福か」

 文也はハンドルを握りながら肩を揺らした。

「もしかしたら、安産やら学業の神社で健康を祈るのか。病院に行けば何でも治ると思っている連中が考えそうなことだよな。病院でも内科と外科は違うだろうに」

「ずいぶんと機嫌がいいのね」

「当たり前じゃないか。最後の日にこうしてお前と一緒にいられるんだぜ? 機嫌が悪い理由が見当たらない」

 恐怖心はまだ湧いてこない。もしかしたら、このまま湧いてこないまま終わるのかもしれない。
 そう。終わらせるのだ。パソコンでも強制終了があるように、人生もまた、強制終了を出来るのだ。そのことに気が付いた文也は、七瀬に提案をした。彼女は目を輝かせて、賛同してくれた。

「そんなこと言って、肝心な時に道を間違えないでよ」

「大丈夫だ。念入りに下調べはしてあるさ」

 十八歳の頃だった。免許を取り終えた文也たちは、卒業記念と併せてドライブへ行くことになった。旧友の一人が父親の車を借りた。
 初心者マークを車体の前後に貼り付けた車は、高速道路を走りきり、適当なところで下りた。舗装されたアスファルトを快調に走っていると、やがて田舎道へと入った。
 グネグネとした上り道。さすがに免許を取立てたばかりの旧友たちは、みんなおっかなびっくりだったが、仲間がいるからか、車は果敢に奥へと突き進んだ。

 やがて、道が開けた。三月の冷たい夜空に広がる星々と丸い月。フロントガラスに映る光景に、文也は息を飲んだのを文也は思い出したのだ。
 最後の場所に相応しい――文也は死に場所をそこに決めた。

「今夜は晴れてよかった」

 窓ガラスに映る月。文也が運転する車をずっと追いかけて来てくれているようだった。

■筆者メッセージ
最近地震が多いですね。
( 2016/02/07(日) 19:46 )