第七章
06
 間もなく今年が終わろうとしている。1999年も残すところ、あと数時間を切った。
 セックスを終えたばかりの二人は裸のまま抱き合っている。

「もうそろそろ終わるね」

 冬の夕方はあっという間に過ぎ去って、早くも夜の(とばり)が下り始めていた。

「だな」

 折りたたみ式のテーブルの上には、まだ汁が残る鍋があった。最後の晩餐は、文也の家で鍋を二人で囲んだ。もっといい物じゃなくていいのかと文也は尋ねたのだが、七瀬がそうしたがった。

「十二月って、セックスばかりする月だよね」

 七瀬の柔らかい髪の毛が文也の肌をくすぐる。
 言われてみて、文也はなるほどなと納得した。クリスマスがあるし、大晦日もある。寒いから、必然的に建物の中にいることが多い。

「だから、この時期に産まれる奴っていうのは、セックスばかりの月だからしょうがないってことか」

 感心したように言うと、文也の鼻がギュッと摘まれた。

「もう。あたしの前でしょうがないっていう言葉を使わないって約束したじゃない」

 そうだ。この女はしょうがないという言葉を無性に嫌がる。

「悪い、悪い」

 声変わりする前の中学生みたいな声で平謝りすると、七瀬はようやく鼻を解放してくれた。

「次に言ったら、おちんちん切っちゃおうかしら」

 だらりとぶら下がったペニスに冷たい感触が走った。

「冷たい、っての。ここを切ったらもうセックスは出来ないぜ」

「もうさすがにしないでしょ」

 ケラケラと七瀬が笑って見せると、文也の心はズキンと痛んだ。サンタクロースを信じる子供のように、純粋に人類が滅亡することを信じて疑わない七瀬。もはや子供でもそんなまことしやかな噂を信じている人間などいないというのに。
 そう。文也は知っていた。人類が滅亡なんてするはずがないと。あと数時間後。世界はいつも通り時を刻み、日付を変えることだろう。

 酒の酔いがいつか醒めるように、文也もまた、人類が滅亡するなんて噂を信じなくなっていた。七瀬の言うことを真に受けていたのは、よもや酒に酔った状態といってよかった。
 人類が滅びることなんかよりも、七瀬とこうしていつまでも抱き合っていたかった。愛おしい女。愛なんて陳腐で不確かな言葉を文也は好かない。けれど、その言葉でしか彼女を表現する術は他になかった。
 だからこそ、文也は決めた。

「さ、そろそろ準備して出ようぜ」

 七瀬の頬に優しく口付けると、文也は立ち上がった。万年床を離れ、押入れの中から洋服を取り出す。

「そうね。でも、あなたがこんなロマンチックなことを思いつくとは思ってもいなかったな」

 七瀬の言葉に、文也は返事をせずに、ただ歯を見せた。

■筆者メッセージ
昼はつけ麺を食べました。
ちょっと物足りなかったですけどね。
( 2016/02/07(日) 14:38 )