09
狭い風呂場での戯れは一苦労だったが、事を何とか済ませた文也はパンツ一丁で扇風機の風を直に浴びている。さすがに夏場の風呂の中でやるものじゃない。
熱はとうに下がっていた。だが、逆上せてしまったようで頭がボーっとする。
「ほら、病人が扇風機の風に直接身体を当てない」
髪をバスタオルで拭いながらやって来た七瀬によって、扇風機の風は遠ざかった。
「暑いんだよ」
上半身を起き上がらせた文也は扇風機の首を元の位置に戻した。
「それはあなたがお風呂で変なことをするからでしょ。エアコンもつけているんだから、扇風機はいらないわよ」
言うや否や、扇風機は止められてしまった。徐々に回転が減っていく羽を見ながら文也は文句を言ってやろうと思ったが、開きかけた口を閉じた。七瀬の言っていることは至極正論だったし、また風邪をぶり返す可能性があった。
「ほら、洋服も着なさい。いつまでパンツだけでいるのよ」
「もう三回戦は出来ないぞ。ダブルヘッダーで今日はゲームセットだ」
投げられた洋服を着込みながら文也は言った。下腹部には甘い痺れのようなものが残っている。
「しないわよ。というか、なんであたしが誘ったみたいになってるのよ。あなたが襲ってきたんでしょ。あたしはお風呂でする気なんてなかったのに」
「なかなか趣があってよかっただろ」
Tシャツとハーフパンツ姿になると、七瀬と同じ格好となった。まるでペアルックを身に着けているようだと文也は思った。
バカップル――巷では、カップルをそう
揶揄する言葉が流行っている。七瀬と出会う前の文也なら、仮に自分に彼女が出来たとしてもそうはなるまいと思っていたが、どうやらそんな連中の仲間入りを果たせそうだ。
だが、嫌悪感はなかった。好きに呼べばいい。文也は七瀬のことを見た。
「何よ。趣なんてないに決まってるじゃない。逆上せるかと思ったわ」
ぶつかった視線は、すぐに一方通行になった。プイと横を向いてしまった七瀬の近くまで文也は移動した。
「もうしないわよ」
「分かってる」
言いながら七瀬を押し倒す。胸の下でバタバタ暴れる七瀬の唇を奪いながら、髪をワシャワシャと撫でる。風呂上りのはずなのに、この女の唇からは口紅の味と甘い味がする。
やがて七瀬は諦めたように動きを止め、文也にされるがままになった。文也は気をよくし、七瀬を万年床まで移動させた。
セックスの後は一緒に余韻を楽しむものだ。
誰が考えたかは知らないが、理に適っていると思う。文字通り、裸の付き合いをし終わったら二人はこの世界から隔離された特別な世界へと行ける。セックスはいわば、その世界への切符のようなものだ。
「どうだ。俺は野球だけじゃない」
そんなロマンチストな面を持ち合わせているのだと、文也は目で七瀬に訴えかけたが、“サトリ”でもない七瀬は文也のそんな心なんて読めるはずもなく、困った表情を浮かべるだけだった。