第六章
02
 風呂から上がった七瀬と交代して、文也はシャワーを浴び始めた。熱はすでに下がっているはずだった。少なくとも体調は悪くなかったし、あれだけゲームではしゃげたのだから大丈夫のはずだ。
 けれども、頭がボーっとしていた。いよいよこれから七瀬を抱くのだと思いながらも、どこかフワフワとしている。それは寝起きの前に見る夢と同じような感覚だった。

「上がったのね」

 七瀬が着ているのは、文也の洋服だった。クローゼットを適当に漁って見つけたのは、Tシャツとハーフパンツだった。
 テレビ画面は消されていた。万年床の布団に、七瀬は膝を抱えるようにして座っている。

「体調は」

「悪くない。ただ、ひどくボーっとしている」

「それってまだ熱があるせいじゃないかしら」

 文也はかぶりを振ると、七瀬の横に腰を下ろした。ドライヤーを持っていないせいで、彼女の髪はまだ濡れていた。

「違う。熱のせいじゃない」

 お前を抱くと決めたから――言葉の代わりに、文也は七瀬を抱きしめた。さっきと同じように、彼女の細い身体を抱きしめる。

「するの?」

「ああ」

 さっきと同じように七瀬に口付けをする。最初は薄く。一旦離して、今度は深く。

「んっ、ふぅ……」

「色っぽい声を出しやがって」

 唇を離すと、透明な糸がツーーと伸びて、切れた。

「あたしだって女ですから」

「そうだよな。七瀬は女だ」

 当たり前のことなのに、なぜこうも心臓の高鳴りが抑えられないのだろう。
 胸は期待出来そうにないが、おまんこは付いているはずだ。小さな穴にちんこを挿れるだけ。こんな単調なことをしようとしているだけなのに。

「服、脱がすぞ」

 童貞でもないのに、小刻みに震える手つきが憎らしかった。こんな調子じゃ、七瀬にバカにされる。ダイエーみたく、お荷物球団呼ばわりされる筋合いなんてない。
 獅子だ。自分は常勝の血を受け継ぐ獅子なのだ。(たてがみ)(なび)かせ、グラウンドを疾走する一匹の気高き王者。こんな女を抱くなんてわけないはずだ。
 そんなことを思いながら洋服を脱がしていたら、自分では優しく脱がすつもりが、剥ぎ取るようにして脱がしてしまった。Tシャツを放り投げ、ブラジャーを引き剥がすようにして脱がす。これじゃあ童貞のやることか、レイプ犯のやることじゃないか。

「文也さん、怖い……」

 胸を腕で隠しながら、七瀬は怯えていた。無理もない。脱がした文也自身、やり過ぎたと思ったのだから。

「あ、ああ。悪い」

 文也は乾いた唇を舐めると、胸を隠す七瀬の腕を退かした。

「小さいでしょ」

 小高い丘が二つ並んでいた。乳輪も乳首も、何もかも小さかった。

「ああ。でも、最初から分かっていたからな」

「何それ。ひどいなあ」

「違う。そういう意味じゃない。胸が小さいお前だと分かっておきながら、俺はお前と付き合うって決めていたんだ」

 頭がのぼせ上がったようにボーっとして、まともな思考回路なんて持っていなかった。だから言っていることはメチャクチャだと自覚している。
 文也は頭を掻くと、もう喋らないでおこうと決めた。余計なことを言って、七瀬の気が変わるのが怖かった。

■筆者メッセージ
寒い。
このあと雪が降るっていうのに予定があるとは。
雪が降るので今日は中止にしますなんて英断を下すような人じゃないからなあ。
( 2016/01/23(土) 11:56 )