08
対戦相手のコンピューターの強さを最弱にして始められたゲームは、あに図らんや、一進一退の好ゲームになっていた。
初心者の七瀬は守備が下手だったから、打球がスイスイと横を抜けていく。が、バッティングには非凡な才能を見せ、ゲームは思いの他乱打戦となった。
先発ピッチャーの松坂は五回はおろか、三回ももたずにマウンドを退いている。その後のピッチャーも打たれてはコロコロと変えていた。
最初は七瀬のやることにいちいち口出しをしていた文也だが、途中から黙って見守ることにした。ゲーム展開もそうだが、何より七瀬の仕草が可愛らしかったからだ。
「うーん、しょっ」
左手でスティックを動かし、右手でボタンを押すだけなのに、七瀬の身体は左右に大きく動いた。攻撃をしても守備をしても動くものだから、文也はおかしくて堪らなかった。と、同時に愛おしくも感じた。小さい子供を見守っているような、そんな優しい気分だった。
そんな文也の気持ちなんてもちろん知らない七瀬は、目の前のゲームにしか集中していなかった。打球が来る。身体が反応する。ようやく目と動きが付いて来たように感じる。
「ねえ、これって何回まであるのかしら」
文也ならさっさと終わらせているか、一方的なゲーム展開に飽きて消している頃だった。七瀬はテレビ画面を見たまま文也に尋ねた。
「九回までだ。もうあと二回だな」
試合は八回の表・ライオンズの攻撃に差し掛かっていた。守るホークスのピッチャーは若田部健一だった。
「あと二回しかないの」
七瀬は焦っていた。点差は五点差。引っ繰り返せるか微妙だったし、裏のホークスの攻撃で点差が開いてしまう可能性があった。
「球をよく見ていけ」
「分かって、るわよっ。でも、ホームランにならない、のよっ」
身体を上下させボタンを押す姿に、文也は思わず携帯電話で写真を撮った。シャッター音に驚いた七瀬は、空振り三振に倒れた。
「ちょっと、いきなり撮らないでよ」
「悪い、悪い。ほら、ゲームは続いているぞ」
「ああー」
画面から目を離してしまったせいで、後続はあっけなく内野フライに倒れた。ツーアウトとなって、打者はあと四人となった。
「この回で点を取れなかったらキツいな」
「うー。ほりゃっ」
この日一番跳ね上がった七瀬の身体に反して、打球はボテボテのファーストゴロに終わった。
「えー。なんで打球が飛ばないの」
「そりゃあいくらコントローラーを握った人間が跳ねてもゲームには関係ないからな」
七瀬の反応が面白くて可愛くて、文也は声を上げて笑った。
「もう。笑わないでよ」
「ほら、しっかり守れよ。もしかしたらまだ逆転出来るチャンスはあるかもしれないからな」
もう忌々しいホークスが相手だとか、そんなことはどうでもよかった。ただ、この楽しい空間にいつまでも浸っていたかった。
「無理よ。だってすごく打つんだもん」
初心者の七瀬には、ホークス打線はいささか酷だったようだ。
「大丈夫だ。ライオンズのピッチャーも負けてない」
マウンドには七回から投げている豊田清が立っていた。