05
たっぷりと黄色い尿を排出させると、ベランダにあった洗濯物が部屋の中に取り込まれていた。その
傍らには七瀬が甲斐甲斐しく洗濯物を畳んでいる。
ありがたかった。ただでさえ面倒な作業なのに、熱まで出てしまっていては、畳むのは億劫以外の何ものでもなかった。
「悪いな」
声をかけると、七瀬と目が合った。クリクリとした目。どこか影を持った目がこちらを見ている。
「いいわよ。さ、早く横になって」
まるで母親だなと思いながら、文也は布団の中へ潜り込んだ。布団の中は暖かいのに、手足は冷たい。冬と夏が入れ替わったようだ。
「七瀬は……いや、なんでもない」
訊けそうな雰囲気なのに、どうしても一歩踏み込めない。文也は開きかけた口を閉じた。
「寂しいの?」
「なぜだ」
洗濯物を畳む七瀬の手が止まった。不安そうな顔をしている。
「病気をしたらみんな不安になるものよ」
「病気といっても、たかが風邪じゃないか。そんな不治の病に冒されたわけじゃない」
「そうだけど……でも、風邪だって立派な病気よ。一人で寝込んでいるの、寂しくなかった?」
「そんな俺は子供じゃない」
文也は吐き捨てるように言った。もう二十五の人間に何を言っているのだ。
「あなたって、強いのね」
再び洗濯物を畳み始めた七瀬に、文也は頭を掻いた。
「こんなことぐらいで強いって言われても嬉しくないな。七瀬は寂しいのか。風邪をひいたら」
「そうね。寂しい。世界にたった一人ぼっちになった気がするの」
何十億もいる世界の人口。その地に一人しかいない姿を想像しようとしたが、現実主義者の文也の頭ではどうしても上手くそれが思い描けなかった。
「感受性が強過ぎるんじゃないか」
――だから人類が滅びることを望むのか。普通の人間じゃない。芸術家の域に達している。
「もしかしたら、あたしに母親がいないのが原因かもしれないわ」
ポツリと小さな声が文也の耳に届き、表情こそ変えないが、胸にさざ波が立った。
「片親か」
「ええ。お母さんは私を産んですぐに死んじゃったみたい。あたしには物心付いた時から母親がいないの。死んだっていう話は大きくなってから聞いたわ」
屈折した考えはそれが原因か。恋人に母親がいない。今時どこにでもあるような話だと文也は思っているから、さほど動揺はなかった。
それなのに、どこか浮き足立っている自分がいる。胸のさざ波は断続的に続く。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
「大変だったな」
「ええ」
それしきり、会話が途絶えた。何か話さなければと思うのに、会話の糸口となる言葉たちがスッポリと抜け落ちたように見つからない。
「……大変だったな」
ようやく見つけた言葉を口に出してみて、文也はハッとした。会話が途切れる前と同じことを言っていた。
これは熱のせいだ。熱で言語機能が著しく落ちているのだ。
文也は上手く言葉が出てこないのを熱のせいにした。