04
革靴とサンダルしかない玄関のたたきを越え、使用している形跡の見られないキッチンを越えると、文也が寝ているのが見えた。
なんだ寝ていたのか。文也がいたことに安堵した七瀬は、買って来た飲み物を冷蔵庫へ入れようと、扉を開けると中身は空だった。自炊をまるでしないようだ。ただ、コーヒーカップだけはなぜかあった。
空の冷蔵庫へ飲み物を入れると、七瀬は文也の横へ腰を下ろした。寝顔を見つめながら、七瀬はどうしようかと思っていると、急に病人が起き上がった。
「きゃあ!」
悲鳴を上げるなんて、部屋の中に大きな虫がいたのを見つけた時以来のことだ。寝ようと思って枕元を見ると、大きなムカデのような虫が
蠢いていて、七瀬は心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。
結局、その虫を殺すことも外へ投げ出すことも出来なかった七瀬は、その晩は一睡もすることが出来なかった。しばらくはビクビクと怯えながら過ごしていたが、あれ以来見かけていないから、どこかへ行ってしまったようだ。
虫の一件もあってか、七瀬は彼氏の有無を気にするようになった。どうせ来年には死ぬのだ。これまでそう考えてきたから、七瀬は必要としてこなかった。こんな人類の滅亡を望む自分に彼氏なんて、と思う時もあった。
そんな時、会社の同僚たちから合コンへ誘われた。普段なら間髪いれずに断っていたが、その時は虫に怯えていた時期だった。ざわめきたった心は、首を縦に振らせた。
――所詮人数合わせだから。
合コンは期待してなかった。出会いを求めるという点では素晴らしい場なのかもしれない。だが、どうしても
邪な人間たちが集まる場のように思えてならなかった。
それなのに――。
唯一出来たカップルが七瀬と文也だった。他の同僚たちはみな、空振りに終わったという。反省会という名の男たちへの批判会では、一度も文也のことは話題に上がらなかった。七瀬に遠慮したのか、はたまた文也の印象がまるでないのか分からなかったが、やる気のなかった自分に彼氏が出来て、飢えたような同僚たちが出来なかったのは皮肉な話だと七瀬は彼女たちの愚痴を聞きながら思った。
「飲み物が欲しい。喉が渇いた」
「冷蔵庫に入れてあるから、ちょっと待ってて」
七瀬がそう言って立ち上がると、冷蔵庫の扉を開けた。
「小便がしたい」
「行って来ればいいじゃない」
そういえば、この男は毎回小便がしたいと言っている気がする。セックスよりも小便か。
「面倒だな」
「漏らしてもあなたの部屋だから別にいいわよ。ただし、あたしは掃除しないけど」
コップを探しているが、見当たらなかったので、ペットボトルごと渡した。紙コップでも買っておけばよかったなと思ったが、まさかコップすらないとは。唯一あるコップには中身が入って冷蔵庫に眠っている。
「面倒だな」
ペットボトルから一口飲むと、文也は重い腰を上げた。フラフラとした足取りで、キッチンの方へ向かって行った。七瀬は、洗濯物を畳んでおいてやろうと思い、ベランダへと向かった。