第四章
02
 目を開けると、文也は頭部の鈍痛に襲われた。胃の中がグルグルと回っているようで、気持ちが悪い。おまけに、見慣れない景色が視界に入っている。
 ここはどこだ? 昨夜飲んでいたのは(かろ)うじて覚えている。が、どこで記憶をなくし、どこで力尽きたのかも分からない。

「ああ、起きたのね」

 蛍光灯の明かりを見ていた目は見慣れた顔を映し出した。

「ここはどこだ」

「あたしの家。もう。運んで来るのに疲れちゃったわ」

 身体を起こそうとしたが、重たくて文也は諦めた。

「頭が痛い。気持ちが悪い。小便がしたい」

 文也は今思っていることをそのまま言った。

「頭が痛いのは飲み過ぎ。気持ちが悪いのも飲み過ぎ。おしっこなら、トイレは出て左手にあるわ」

「無理だ。立てない。尿瓶をくれ」

 横から鼻を鳴らす音が聞こえた。

「そんな物、あるわけないでしょ。頼むから漏らさないで。早く行って来なさい」

 かけられた毛布をどかすと、文也は渋々起き上がった。立っただけで、立ちくらみのようになった。

「右手側だっけ」

「左手側よ」

 蹌踉(そうろう)とした足取りで、文也は廊下に出た。壁伝いに廊下を歩き、トイレと思しき扉を開けると、便座があった。文也は扉を閉めることなく用を足そうと、ファスナーに手をかけたが、すでにファスナーは下ろされていた。
 都合がいい。七瀬が気を利かして下ろしてくれていたのか。文也は壁に手をついたまま、排尿を始めた。白い便座の中央を狙ったはずなのに、勢いよく出た尿はその先を越えていった。
 いけないと思いつつも、文也は小便を止めることが出来なかった。迸りはやがて二手に別れ、それぞれ便座の縁へと向かった。

 長い排尿を終え、スッキリとした文也は汚してしまったから拭こうと思ったのだが、いかんせん身体を動かすことが億劫になっていた。文也は水も流さずに、トイレから出た。
 また壁伝いを歩き、起きた場所へ戻ると、そのまま横たわった。

「ねえ、流してくれた?」

 トイレから水を流す音が聞こえなかった七瀬に言われ、文也は黙ってかぶりを振った。

「なんで流してくれないのよ」

「面倒だった」

「もう」

 パタパタと歩く音を聞きながら、文也は目を閉じた。

「ちょっと、汚したんなら拭いてよね」

 そんなヒステリックな声が聞こえたが、文也は目を閉じたまま無視をした。運が悪かったと思って諦めてくれ。

「人の家だと思って、汚さないでよ、もう」

 何分かした後、七瀬が戻って来るなり文句を言った。文也は相変わらず目を閉じたまま、手だけを毛布の隙間から出した。

「ご苦労」

「『ご苦労』じゃないわよ。これだから酔っ払いは嫌い」

 七瀬の言葉に文也は身体を揺らすと、そのまま二度目の眠りについた。

■筆者メッセージ
疲れているはずなのに身体がバキバキで満足に寝れやしない。
朝からすでに終わってます。
( 2015/12/23(水) 05:53 )