06
変な夢というのはいつまでも記憶に残るものだ。
そう。あの燃えるような空は夢だった。夢から覚めた文也は、飛び上がるようにして起きた。辺りを見渡してみると、自分の部屋だった。どうやら明かりを点けたまま寝落ちしてしまったようだ。
夢か。全身が汗だくで、心臓が早鐘を打ったように音を立てている。ブラウン管のテレビ画面は、やりかけの実況パワフルプロ野球が映し出されていた。
画面を見ると、ライオンズは一点ビハインドで三回裏の守備に就いていた。どこまでセーブをしたのか思い出せない文也は、ゲームを終了させようとしたが、踏みとどまった。
時計を見てみると、まだ朝の五時を過ぎたばかりだった。文也はひとまずシャワーを浴びてからゲームを再開することにした。
◇
「変な夢を見たんだよ」
会社に着くと、倉持はすでに出勤しており、相変わらず“エネルゲン”を飲んでいた。飲み始めてからずいぶんと経つような気がするが、体型はまるで変わっていないように見える。
「変な夢? 痴女に犯されてると思ったら、相手はババアだったとか」
ゲラゲラと笑う倉持を見て、話すのを止めようかと思ったが、誰かにどうしても言いたい気分だった。
「そんなわけないだろ」
「じゃああれか、合コンで会った女。西野とかいったっけ? あれとセックスする夢とか」
「違う」
「まあ、あの西野とかいう女は変わり者っぽいけど、なかなかに可愛い部類には入ると思うぜ。俺は全くタイプじゃないけどな」
まさかその西野と付き合い、ノストラダムスの大予言をお互い信じているなんて、口が裂けても言えそうになかった。
「西野はどうでもいいから、いい加減俺の話を聞けよな」
文也は今朝見た夢のことを倉持に話した。七瀬のことはもちろん伏せておいた。
「はーん。それってノストラダムスの大予言か何かっぽいよな」
文也の話を聞いた倉持は、
欠伸をしながら言った。そのせいで半分近くが聞き取れなかったが、ノストラダムスは聞き取れたから、おおよそ言っていることは理解出来た。
「変な夢だったぜ」
「でも夢っていうのは潜在意識のことみたいじゃないか。もしかしたら、お前自身が望んでいることなのかもしれないぜ」
何気なく言った倉持の言葉に、文也はナイフで刺されたような衝撃が走った。ズシンと胸の辺りを一直線に刺される感じ。
「バカなことを言うな。疲れてるんだよ、こっちは。お前と違って」
「俺だって疲れてるわ。この身体を動かすのは並大抵のことじゃないんだぞ」
倉持がそう言ってボールのように上下に弾むと、椅子はギシギシと軋んだ音を立てた。
「壊れるぞ。お前の場合、自業自得じゃないか。また健康診断に引っかかるぞ」
春に行われた健康診断で倉持は、太り過ぎだとして体重を落とすように会社から厳命を受けていた。
「だからこそ“これ”を飲んでいるんじゃないか。俺だってコーラを飲みたいよ」
倉持のデスクには、すでに“エネルゲン”の缶が三本並んでいた。
「だから、こんな物飲んだぐらいで痩せられたら、日本どころか世界中に肥満はいなくなるわ」
バカバカしいと思う反面、そんなやり取りをしていたおかげで、文也の中から今朝の夢は徐々に消えてなくなっていた。