第三章
01
 恋人同士という自覚はなかった。
 合コンで知り合った女――(よこしま)な気持ちを抱いた者同士が集まり、邪な気持ちを持った者同士がくっつく場だと揶揄(やゆ)していたはずなのに、気が付けば文也は七瀬と付き合うことになった。
 成り行き上――言い訳をさせてもらうとしたら、文也はそう表現するしか他に言葉が見つからなかった。
 
「デートの最中だというのに、その態度は失礼じゃないかしら。“文也さん”」
 
 映画を観終わり、ボーっとしていた文也の肩が小突かれた。
 
「映画の余韻に浸っていたんだよ。“七瀬さん”」
 
 あの夜――公園でノストラダムスの大予言を信じていると言われた日から、文也は七瀬に下の名前で呼んで欲しいと頼まれた。
 七瀬は文也のことを下の名前で呼んでいる。『三人目の岩崎さん』呼びから、ずいぶんと変わったものだ。
 
「嘘。くだらない映画だなって思って観てたんでしょ」
 
 その通りだった。文也はどうも恋愛映画が苦手だった。
 
「得意じゃないんだ、こういうのは」
 
 アメリカで大ヒットを飛ばした『25年目のキス』が観たいと言い出した七瀬。だから一人で観て来いと言ったのに。こうなることは目に見えていた。
 
「野球好きな子が出ていたじゃない」
 
 主人公役の女の弟が野球好きで、野球選手への夢を抱いていた。が、文也は確かに野球好きだが、プロ野球選手は夢見ていない。観戦専門なのだ。
 
「何でも野球が出てたら観るわけじゃないって」
 
 それに、文也は洋画が苦手だった。助っ人外国人選手の名前はすぐに覚えるくせに、洋画の役名がどうしても覚えるのが不得手だった。
 
「でも、意外だな。七瀬さんが恋愛映画を観るなんて」
 
「何よ。観ちゃ悪い」
 
「悪くはないけど、意外なんだ。てっきり『リング』あたりが好きなのかなって」
 
 一月に公開された『リング2』。変わり者の七瀬なら、ホラーが好きなのかと文也は思っていた。
 
「あたしホラーは嫌いなのよ。怖いじゃない」
 
 映画館を出ると言った七瀬の言葉に、文也は吹き出した。
 
「怖い? 七瀬さんが?」
 
 来年、人類は滅びるのだと信じて疑わない人間がホラー映画を恐れているなんて。そのギャップに文也は呵々大笑した。
 
「文也さん。あなたはあたしをどう思ってるのかしらね」
 
 あまりにも文也が笑うものだから、七瀬はムッとした顔で文也の足を踏んだ。
 
「痛いって。踏むなよ。買ったばかりの靴なのに」
 
 真新しい白のスニーカーの先端は、七瀬のスニーカーで汚れていた。七瀬は女性にしては珍しく、ハイヒールを履かない女だった。
 それが幸いした。ハイヒールや踵の高いサンダルだったら、文也の足は折れていたかもしれない。文也は一度だけ満員電車でハイヒールを履いた女に踏まれた時がある。電車がグラッと揺れ、女のヒールが文也の足の指を踏んだ。
 電車が揺れ動く音で骨の折れる音は聞こえなかった。しかし、悶絶しそうなほどの痛みに襲われた文也は歩けなくなっていた。病院で診断されたのは、足の指の骨折だった。


■筆者メッセージ
寒い。
明け方についノリで始めちゃったツイッターぐらい寒い。
フォロー増やすために営業に出なくちゃいけませんかね。
まだ「始めました」ぐらいしかツイートしていませんけど。
( 2015/11/25(水) 21:18 )