01
恋人同士という自覚はなかった。
合コンで知り合った女――
邪な気持ちを抱いた者同士が集まり、邪な気持ちを持った者同士がくっつく場だと
揶揄していたはずなのに、気が付けば文也は七瀬と付き合うことになった。
成り行き上――言い訳をさせてもらうとしたら、文也はそう表現するしか他に言葉が見つからなかった。
「デートの最中だというのに、その態度は失礼じゃないかしら。“文也さん”」
映画を観終わり、ボーっとしていた文也の肩が小突かれた。
「映画の余韻に浸っていたんだよ。“七瀬さん”」
あの夜――公園でノストラダムスの大予言を信じていると言われた日から、文也は七瀬に下の名前で呼んで欲しいと頼まれた。
七瀬は文也のことを下の名前で呼んでいる。『三人目の岩崎さん』呼びから、ずいぶんと変わったものだ。
「嘘。くだらない映画だなって思って観てたんでしょ」
その通りだった。文也はどうも恋愛映画が苦手だった。
「得意じゃないんだ、こういうのは」
アメリカで大ヒットを飛ばした『25年目のキス』が観たいと言い出した七瀬。だから一人で観て来いと言ったのに。こうなることは目に見えていた。
「野球好きな子が出ていたじゃない」
主人公役の女の弟が野球好きで、野球選手への夢を抱いていた。が、文也は確かに野球好きだが、プロ野球選手は夢見ていない。観戦専門なのだ。
「何でも野球が出てたら観るわけじゃないって」
それに、文也は洋画が苦手だった。助っ人外国人選手の名前はすぐに覚えるくせに、洋画の役名がどうしても覚えるのが不得手だった。
「でも、意外だな。七瀬さんが恋愛映画を観るなんて」
「何よ。観ちゃ悪い」
「悪くはないけど、意外なんだ。てっきり『リング』あたりが好きなのかなって」
一月に公開された『リング2』。変わり者の七瀬なら、ホラーが好きなのかと文也は思っていた。
「あたしホラーは嫌いなのよ。怖いじゃない」
映画館を出ると言った七瀬の言葉に、文也は吹き出した。
「怖い? 七瀬さんが?」
来年、人類は滅びるのだと信じて疑わない人間がホラー映画を恐れているなんて。そのギャップに文也は呵々大笑した。
「文也さん。あなたはあたしをどう思ってるのかしらね」
あまりにも文也が笑うものだから、七瀬はムッとした顔で文也の足を踏んだ。
「痛いって。踏むなよ。買ったばかりの靴なのに」
真新しい白のスニーカーの先端は、七瀬のスニーカーで汚れていた。七瀬は女性にしては珍しく、ハイヒールを履かない女だった。
それが幸いした。ハイヒールや踵の高いサンダルだったら、文也の足は折れていたかもしれない。文也は一度だけ満員電車でハイヒールを履いた女に踏まれた時がある。電車がグラッと揺れ、女のヒールが文也の足の指を踏んだ。
電車が揺れ動く音で骨の折れる音は聞こえなかった。しかし、悶絶しそうなほどの痛みに襲われた文也は歩けなくなっていた。病院で診断されたのは、足の指の骨折だった。