12
「来年、世界は滅びるわ」
抑揚のない、どちらかといえば機械のような声で七瀬は言った。他人事のように。
「ノストラダムスの大予言だっけ? バカバカしい」
ミレニアムを目前に控え、
巷では世界が滅びるというノストラダムスの大予言がまことしやかに囁かれていた。
そんなことがあってたまるか。これまで幾千の災害の見舞われたというのだ。それでもこの星は生き続けている。
「信じてないの?」
不安そうな顔で文也を見つめる七瀬に、文也はやるせなさそうに顔を振った。
「そんなもの子供騙しだよ。西野さん、本気で信じてるわけ?」
いくら奇行が目立つ七瀬とはいえ、こんな子供騙しのようなものに引っかかるなんて。それならばいっそのこと、新興宗教にでもハマった方がまだ現実的である。
「あたしは、本当だと思ってる。来年人類は滅亡するわ、必ず」
「証拠は?」
七瀬はかぶりを振った。
「ないわよ。だけど、それは既定路線なの。あたしたちの来年はない。今年の十二月三十一日、みんなこの世から消えてなくなるの。あたしも、岩崎さんも」
「死にたがり屋か」
それならば勝手に死んでしまえと文也は思った。彼女が死んだところで、この世界は何も変わらない。おそらく、マイケル・ジャクソンが死んだとしても同じだ。
多くの音楽家、彼のファンは悲しむかもしれないが、マイケル・ジャクソンが死んだとしても人類が滅亡することはないし、音楽がなくなるわけじゃない。
「やっぱり岩崎さんも信じてくれないのね」
悲しそうに俯く七瀬を見て、文也は頭を掻いた。こういった電波少女のような類の人間は苦手であった。
「無茶言うなよ」
もう二十五にもなって、何をそんな夢見る少女のようなことを言っているのか。その曲は好きじゃないと言ったくせに。
「岩崎さんなら信じてくれると思ったんだけどな」
「どうして?」
「あたしと同じにおいがするから。この世界に未練なんてなさそうなにおい」
「バカ言うな。俺は未練がある。ライオンズの優勝を見届けるんだ」
文也の言葉に、七瀬はクスクスと笑った。
「本当に野球が好きなのね」
「野球が好きなんじゃない。ライオンズが好きなんだ」
「一緒でしょ」
文也自身ももう訳が分からなかった。公園へ連れて来られて来年人類は滅亡すると言われ、挙げ句同じにおいがすると言われた。頭の中はアルコールが回ったかのようにグルグルとしている。
「ねえ、“文也さん”。あたしと一緒に見守りましょうよ。この星が終わる日を」
小さくて細い手が文也の手を握った。烏龍茶が入ったジョッキを両手で飲んでいた理由が分かった。指が細くて、全体的に小さな手。
人類が滅亡する日まで、あと四か月を切っていた。