第二章
04
 きっかりと定時になって文也は会社を出た。酷く顔色が悪い。会社を出る前に寄ったトイレの鏡に映る自分の顔は、体調不良の時と同じ顔色をしていた。
 夏の夕方である。外はまだ暑く、明るかった。家に着いたとしても、さっさと寝るだけで、結局は日付を跨いだ辺りで起きてゲームをするだけだろう。
 
 そう思った文也は、酒でも飲もうと思った。パワプロも魅力的だが、ゲームをしている最中に寝てしまうだろう。
 スーパーで酒を買って、家で飲もうかと思ったが、それも止めた。中途半端に飲んでも、パタッと寝て、すぐに起きてしまうだけだ。
 そう考えると、会社に出る時間は早過ぎた。せめてあの二時間は残業すればよかった。とはいっても、もう後の祭りである。
 
 さあ、どうしたものか。
 会社の近くで飲むのは、気が引けた。他の社員だって、定時で帰っている人間はいるはずなのに、どこか定時上りに後ろめたさを感じている自分がいた。別に自分の仕事さえしていれば、定時で帰ってもいいはずなのに。むしろ、無駄な残業代を稼がないだけ会社にとっては有意のはずである。
 そう思いながらも、文也の足は会社から遠ざかっている。どこか適当な店を探しているが、なかなかお眼鏡にかなう店が見当たらない。
 
「どこかで見たことのある人だ」
 
 そう。それは偶然だった。
 たまたま飲み屋を探して歩き回っていたところに、その女は現れた。
 文也の目の前に。
 
「西野、さん」
 
 紛れもなく、西野だった。
 
「覚えていてくれたんだ。三人目の岩崎さん」
 
 忘れたくとも、忘れられるはずがなかった。あれだけ強烈なインパクトを残した女である。
 
「まあ……」
 
「ところで、三人目の岩崎さんは今何を?」
 
「いや、普通に仕事を終えたので、どこかの店で一杯やろうかと」
 
 しまったと、文也は言い終えて後悔した。外回りにでも出ていると言えばよかった。
 
「そう。あたしも今終わったところ。で、一緒にどう? もちろん三人目の岩崎さんがよければね」
 
 誘われてしまった。文也は西野を見た。
 改めて西野をよく見ると、身長はさほど高くなく、平均的だった。特にこれといった特徴は見られないが、合コンの時と変わっていたのは髪を束ねていることぐらいだ。
 そう。西野は見た目こそ普通の女だった。少なくとも、中身ほど変わっていない。よくよく考えれば、一人で飲むのは味気なかった。たまには女と飲むのも悪くはないだろう。おまけに向こうから誘って来ているのだ。
 
 “あわよくば”――文也の中で(よこしま)な考えが生まれる。変わり者かもしれないが、西野だって女だ。セックスは出来るはずである。
 寝不足だった頭が急に冴えるのを文也は感じた。ランナーズハイに近い状態だ。
 
「ええ。もちろん。ご一緒させていただきます」


■筆者メッセージ
やっぱりね、ラーメンはつけ麺かとんこつラーメンに限りますよ。
紅ショウガをたっぷり入れて、麺はカタメの替え玉を頼む。
至高の一杯です。
( 2015/11/01(日) 15:28 )