第二章
02
「そういえば、買ったよ」
 
「何を?」
 
 うちわで扇ぎながら、倉持は答えた。
 
「パワプロの最新版」
 
 ああ、と太い声が聞こえた。もっと食い付いて来るのかと思ったのに。文也は肩透かしに遭った気分だった。
 
「松坂がよ、失投しやがってよ。九回一点差、ツーアウト満塁の場面で。ツーストライク、ワンボールの四球目。しかも相手は“あの”ダイエーだぜ? 小久保にど真ん中の失投は打たれるに決まってるわ」
 
 鬱憤を倉持に浴びせると、返って来たのは鼻を鳴らす音だった。
 
「そりゃあ打たれるわな。まして小久保じゃあ。いや、小久保じゃなくてもど真ん中の失投は打つか。それよりも、“あの”ダイエーってなんだよ。“あの”って。お前ぐらいだわ。ダイエーにそこまで敵意を持っているのは」
 
「強奪球団に敵意を覚えない奴なんていない」
 
「ライオンズも似たようなもんだろ。黒い部分が多過ぎる」
 
 倉持の言葉は暗に社会人行きを宣言していたのにも関わらず一本釣りした工藤公康のことを指しているのか、はたまた清原和博と桑田真澄のいわゆるKKコンビのドラフトのことを指しているのか、古くは江川卓のことを指しているのか、文也には分かりかねた。
 
「強ければなんでもいいんだよ。勝てば官軍だ」
 
「じゃあ、ダイエーも同じだな。結局はみんな同じ穴のムジナなんだよ。プロ野球なんてものは」
 
 そう言われてしまうと、文也は返す言葉がなかった。倉持の言葉は正鵠(せいこく)を得ていた。
 同意するしか他にない。そう思った矢先だ。倉持の口からにわかに信じられない言葉が飛び出した。
 
「だからこそ、サッカーにでも鞍替えすればいい。Jリーグも楽しいぞ」
 
 およそ倉持の口からサッカーが出るなんて珍しかった。大抵、文也と同じように野球や、時折話題の中で体型のことになると大相撲の話をするばかりだった。
 
「どうしたんだよ。お前がサッカーなんて。香川みたいな体型をしているお前が言うなんて珍しいじゃないか」
 
 恰幅がよく、野球好きな倉持は学生時代から『ドカベン香川』こと、香川伸行に似ているとからかわれていた。
 
「やるのならともかく、観戦に体型は関係ねえよ。2002年に日韓のワールドカップが控えているじゃないか。Jリーグも今大盛り上がりだぞ。この分だと野球人気を抜く日はそう遠くないはずだ」
 
 1996年に、ワールドカップ史上初めて日韓ワールドカップは二か国で同時開催されることが決定していた。が、今度は文也が鼻を鳴らす番だった。
 
「野球人気を抜く日はそう遠くない? 寝言は寝て言え。去年の成績を忘れたのか、お前は」
 
 前年である1998年、日本はフランス大会で初めてワールドカップに出場した。しかし結果は三戦全敗。世界との壁をまざまざと見せつけられた形となった。


■筆者メッセージ
お待たせしました。
ようやく山場を越えた+パソコンが戻ってきましたので再開します。
( 2015/10/26(月) 23:41 )