07
トイレから戻ると、人の配置が換わっていた。どうやら席替えをしたようだ。一番端の席である文也のところには誰も座っていなかったから、文也は同じ場所に座った。
「帰ったのかと思ってた」
ようやくジョッキを空け、一息ついているとそんな声が聞こえ、文也は顔を上げた。そうすると、目の前に座る女と目が合った。
「いや、トイレに行っていただけです」
女たちの中で、一人だけ烏龍茶を頼んだ女だ。目を引くほどの美人というわけではないが、それでも十分可愛らしい顔をしていた。文也の職場ならば、高嶺の花と呼べるほどだろう。
「つまらなそうね」
「まあ。そういうあなたは?」
「西野。あなたは?」
「岩崎です」
「『今まで生きてきた中で一番幸せです』の岩崎ね」
七年前、バルセロナ五輪で競泳女子として、史上最年少で金メダルを獲得した岩崎恭子のことを言っているようだ。
「それと、『聖母たちのララバイ』の岩崎もあるわね」
続けざまに親父ギャグを言う女。西野という女は不思議な女だった。
「ねえ、三人目の岩崎さん。歳はいくつ?」
「今年二十五になりました。西野さんは?」
「女に年齢を訊くなんて無粋な人」
文也は頭を掻いた。この女のテンポはライオンズのピッチャーにいなかった。かわすピッチングといえば聞こえはいいが、ストライクが全く入らないのだ。
「すみません。デリカシーがなくて」
「同い年。あたしも今年二十五になったの」
なんだ、答えるじゃないか。西野の独特なテンポに文也は翻弄されっぱなしだ。
「はあ。そうですか。みなさんは同い年で?」
横を向けば、男女がそれぞれ隣り合って座り、楽しそうにおしゃべりをしている。向かい合わせで話しているのは、文也たちだけだった。
「違う。三個上の子もいれば、二個下の子もいる。まあ、どうせサバを読むんでしょうけど」
西野はそう言って鼻を鳴らした。
「大変ですね。女性って」
「そうよ。いろいろ大変みたい。あたしには関係ないけど」
「西野さんも女性でしょ」
「違うわ。あたしは『潜水のなな』よ」
頭に障害を持っているのだろう。でなければこんなおかしな返答はしないはずだ。
ただでさえやる気のなかった合コンなのに、西野のせいで文也のやる気は完全に底をついた。
「おい。悪いけど帰る」
楽しそうに女と喋る倉持の前に三枚の札を置くと、文也は席を立った。たかがビール一杯程度で三千円は勿体なかったが、いつまでもこんなところに居たくなかった。
「おい、文也」
「じゃあな」
背後から自分を引き留める声は倉持のその声だけで、誰も文也を追いかける者はいなかった。