第一章
01
 ようやく暑い夏が終わろうとしている。外回りを終えた岩崎文也は、吹き付ける風に秋の気配を感じ取っていた。
 自分のデスクに戻ると、文也は自動販売機で買ったオレンジジュースのプルタブを開けた。
 
「また“きりり”かよ。好きだなあ」
 
 横からそんな声が聞こえ、文也は椅子を回転させた。
 
「そういうお前はまた“エネルゲン”か。いくら体脂肪に効くっていっても、お前のその腹じゃ効かねえよ」
 
 同僚である倉持勇太の妊婦のような腹を見ながら、文也は言った。また彼は太ったように見える。
 
「うるせえな。こういうのは継続性が大事なんだ。ほら、よく言うだろ? 『継続は力なり』って」
 
「人によりけりだわ、そんなもん。おまけに、お前は大した運動もせずに飲んでるだけだろ? 効くわけがないわ」
 
「分かってねえなあ。運動してるよ。通勤。家から駅まで。今度は駅から会社まで」
 
 文也たちが働く職場は、駅から徒歩三分もかからない場所にある。
 
「で、合計は?」
 
 文也に訊かれ、倉持は太い指を折って数を数えた。
 
「家から駅まで徒歩五分。駅から会社まで徒歩三分」
 
「十分もねえな。それじゃあ運動のうちに入らんわ」
 
「バカ。片道だ。往復で二十分かかる」
 
 自慢げにそう言い放つ倉持に、文也は鼻を鳴らした。
 
「大して変わんねえよ」
 
  ◇
 
 業務報告書を書き終えると、時間は夕方の五時半を過ぎていた。いい時間だ。文也は倉持に声をかけた。
 
「終わったか?」
 
「ちょうど今終わった」
 
 デスクトップのエンターキーを叩くと、倉持は椅子にもたれかかった。重みを受けた椅子はギシギシと音を立てる。
 
「壊れるぞ」
 
「俺の身体を受け止めきれない軟弱者なんていらねえんだよ」
 
 そう言って倉持が身体を揺らすと、軋む音が強く、早くなった。
 
「じゃあ、地球上にあるほとんどの物が使えなくなるな」
 
「そんなことはねえよ。それより、何時からだっけ?」
 
 倉持が背もたれから離れると、軋んだ音がピタリと止んだ。
 
「六時。これから出て、待ち合わせ場所に着く頃にはちょうどいい時間になってるよ」
 
「じゃあ、行くか」
 
「あんまり気乗りはしねえけどな」
 
 椅子から立ち上がり、背もたれにかけていた上着を羽織る。どうしてこうも暑いのに、ネクタイやら上着を着用しなくてはならないのか。
 
「バカ。行く前から気を削ぐようなことを言うなって」
 
 事実だから――そう言おうとしたが、寸でのところで文也はその言葉を飲み込んだ。ここで言うのは得策ではないし、前々から予定されていたことだ。そんなことを言っては、女々しい男になるだけ。
 文也は曖昧(あいまい)に笑って見せた。


■筆者メッセージ
CSが始まりました。
千葉ロッテが先勝したとか。
ロッテは短期決戦に、ましてCSに滅法強いイメージがあります。
五年周期での勝ち運もここへ来て、もはや疑う余地はないのかもしれません。
まだ始まったばかりですが、早くも下剋上の予感がヒシヒシと感じます。
( 2015/10/11(日) 01:02 )