第一章「静謐(せいひつ)」
09
 冬の夜風を避けるようにして、二人はゆっくり歩いた。

 会話はなかった。けれど、並んで歩く足音だけが、不思議と心を繋いでいた。


 やがて、ファミリーレストランの看板が見えてきた。

 明るくも過剰ではない照明。ガラス越しに見える色とりどりのパフェのサンプル。

 学生時代、試験の後や部活帰りに、誰かと集まったことが何度かあった。

 その“誰か”の中には、確かに京子もいた。


 「……変わってないね」


 先に口を開いたのは京子だった。


「看板のデザインも、席の配置も。なんか、時間止まってるみたい」

「うん」


 蓮は短く答えた。懐かしい、というよりは“記憶に触れすぎて怖い”感覚だった。


 自動ドアが開く。温風がふわりと足元を包み、店内のBGMが耳に入る。

 受付にいた制服姿の若い店員が「お二人さまですか?」と尋ね、京子が小さく頷いた。


 窓際の席に案内される。

 対面に座ると、互いにどこを見ていいのか分からず、メニューに目を落とした。


 テーブルの上には、カラフルなドリンクバーの案内と、季節限定のデザート。

 けれど蓮の目には、それらがどこか遠い世界のもののように見えた。


「……懐かしいね、ここ」


 京子がふと笑みを浮かべたが、その瞳は少しだけ濡れて見えた。


「思い出してた、ここのハンバーグ。クラスの男子がよく頼んでたよね。“ダブル頼めよ、男だろ”とか言ってさ」


 蓮は、かすかに口元を動かした。


「……俺、一回もダブル頼んだことないけどね」


 その返しに、京子がふっと笑った。

 けれど、笑い声はとても小さかった。


 少しの間、沈黙が流れる。

 店内のざわめき、遠くの子どもの声、グラスを置く音。

 そのすべてが、二人の間の距離を埋めるには足りなかった。


 そして蓮は、あらためて思った。

 この席に座っているのは、あの頃の京子じゃない。

 けれど、それでも今ここにいる京子を、見てしまっている自分がいた。

イカのお寿司 ( 2025/05/22(木) 19:48 )