トップTOP
アカウント登録登録
メールで登録
サインインログイン
データベースDB
ランキング順位
一覧一覧
リンクリンク
第一章「静謐(せいひつ)」
15
 ファミレスのドアが開くと、ひやりとした冬の風が肌を撫でた。

 吐く息が、白く空へ溶けていく。


「寒いね」


 京子がそう言いながら、コートの襟をぎゅっと掴んだ。


 蓮は「……そうですね」とだけ応えて、自然と駅のある方角へ歩き出した。

 京子も何も言わず、隣を並んで歩き出す。


 冬の朝。土曜日のせいか、駅へと向かう道には人の姿がほとんどなかった。

 遠くに見える自動販売機の灯りと、始発を告げる電光掲示板の文字が、朝を無言で照らしていた。


 駅前のロータリーに出ると、徐々に彼女の足が緩やかになった。

 それを察した蓮も、自然と歩みを落とす。


 改札の前で、京子が足を止めた。


「……じゃあ」


 そう言って、蓮はほんの一瞬、言葉に詰まる。

 連絡先を聞くべきか、もう一度どこかで会いたいと言うべきか――

 だが、何も言えなかった。


 彼女が抱えているものが、自分にはまだ触れてはいけないものに思えた。

 だから、何かを言いかけて、結局、ただ一言だけを選んだ。


「また」


 それだけを残し、蓮は京子に背を向けた。


 けれど、その数歩先。

 肩の後ろで、ふいに何かが服の裾を引いた。


 驚いて振り向くと、京子がほんのわずか、彼の上着をつまんでいた。


 目が合う。

 その目は、どこまでも真っ直ぐで、でもどこか、泣き出しそうにも見えた。


「……やっぱり、帰りたくない」


 その言葉は、小さな、けれど抗えない震えを帯びていた。


 言葉が、出なかった。

 駅の自動改札機が、何かのカードを読み取る音だけが、乾いた空気に響いている。


 人影はない。

 土曜日の早朝、駅の中心には、ふたりだけが立っていた。


 時間が止まったようだった。

 周囲の音も、温度も、全部がどこか遠くへ行ってしまったような感覚。


 蓮はゆっくりと、京子の手元へ目を落とした。

 彼女の指先は、まだ彼の裾をそっと握っている。

 それはまるで、寒さに凍えた誰かが、ひとときの温もりを求めて触れるような、そんな優しい仕草だった。


イカのお寿司 ( 2025/06/04(水) 23:32 )

この続きが出たらお知らせします無料登録して イカのお寿司 さんをフォローすると、新しい話がマイページの「フォロー中の新着」に届きます。
続きを受け取る

このシリーズを読んだユーザーは、こんな作品も読んでいます → 横にスクロールできます

想ひ届かずとも
イカのお寿司
拝啓、10年後の君へ
Haru
元不良見習いの奮闘記
満腹定食
曲がり角を曲がれば。
ガブリュー
新人警察官は駆け上がる
満腹定食
遠恋
ガブリュー
笑顔が絶えない警察官
満腹定食
陥落プロレス 〜 まとめ
リゾットアイランド
彼と彼女の物語2
雨
花火
ガブリュー
新生乃木坂学園
深見飛彩
雪景色
ガブリュー
あの日の君
サラマンダー
淫乱な人々の体験談
ちょいと迎夢
短編集
来世でもクズでゴメン
うんこ
N
乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―
鰹のたたき(塩)
なんであっても return
壮流
女優を丸裸
来世でもクズでゴメン
太宰治を読んだか?
北川謙二
あの日の君(旧作)
サラマンダー
日向高校
しゃもじ
いつまでも変わらぬ愛
ハヤブサ
日向坂四魔地獄
七愚者
夢に向かって
ハヤブサ
乃木坂交事中
帰ってきた暴動
彼と彼女の物語3
雨
僕と君が一緒に見た光
NSRD
櫻
深見飛彩
<オムニバス> 大人気イメクラ店「slope」突撃リポート
鰹のたたき(塩)