しんとした沈黙の中、京子の視線がふと動いた。
店内の奥――ドリンクバーの前に、制服姿のカップルがいた。
女の子が透明なカップに炭酸やジュースを何種類も混ぜながら、男の子に向かって何か言っている。
彼は「え〜……」と困ったように笑いながらも、結局そのカップを受け取っていた。
――ああ。あれ、やったな。
京子の中で、遠いはずの記憶がふっと浮かび上がった。
「……ねえ、覚えてる?」
彼女は微笑みながら、蓮の方へ視線を向けた。
「学生のとき、私がさ。ドリンクバーでめちゃくちゃ混ぜて、
“はい、どうぞ”って瀬川くんに飲ませたやつ」
蓮はわずかに目を丸くしてから、こくりと頷いた。
「うん……あれ、マジでまずかった。メロンソーダとミルクティーと……あと何だっけ」
「カルピスとスープも入ってたよ、確か」
「スープ……?」
「うん、味噌汁のやつ。ちょっとだけね」
京子は悪戯っぽく笑った。
蓮は呆れたように、でもどこか懐かしそうに吹き出す。
「そりゃ、まずいわけだ」
「でも飲んでくれたよね、あれ。意外と律儀だった」
「齊藤さんが笑ってたから……なんか、それだけで飲めた」
笑い合ううちに、空気がやわらかくなっていく。
さっきまで冷えきっていたテーブルの空気が、ほんのり温かさを帯びていた。
「思い出してきたな……体育の授業のとき、縄跳びで先生にめっちゃ怒られたの、瀬川くんじゃなかったっけ?」
「跳びながら後ろに下がっていって、思い切り壁にぶつかったやつ?」
「それそれ!」
京子が吹き出すと、蓮もつられるように小さく笑った。
「先生、なんて言ってたっけ」
「“お前は反省よりもまず安定しろ!”だよ」
「そうだ!それ!懐かしい!」
京子は笑いすぎて、カップを揺らしてしまう。
「……なんかさ」
ふと、京子が笑みを緩めながら言った。
「ちゃんと、覚えてるもんだね。大人になると、忘れると思ってたのに」
蓮は少しだけ黙って、それから小さく頷いた。
「思い出す余裕がなかっただけ、かもね」
会話が止まりそうになると、また誰かの思い出が浮かび、それが言葉になり、また笑いがこぼれる。
それはまるで、凍った土の下から、小さな春の芽が顔を出すような、やわらかで確かな時間だった。














