掌編小説集 - 初恋物語
01
 僕が小4の2学期の終わりか3学期の頭頃、担任の先生が体調を崩して1日だけ学校をお休みした。

 小学校教諭と言えば、だいたいの教科を受け持っている。そんな先生が休んでしまえば、もちろん1日が自習になってしまう。

 それを見兼ねてなのか、教頭先生が教室にやって来て僕らを視聴覚室へ集めた。


 何の説明もなく、滅多に入る事のない部屋に僕らはソワソワしていた。しばらくして教頭先生が「他のクラスには内緒ですよ」と一言だけ言って1枚のフィルムを流し始めた。


 そのフィルムはフランスの昔話"美女と野獣"の人形劇だった。タイトルだけは聞いたことあったが僕はその時初めてこの物語に触れた。


 物語が始まり数分が経った頃、周りを見渡せばクラスの大半はフィルムに目もくれず、コソコソと友達同士でお喋りをしたり、舟を漕いだりと思い思いに暇を持て余していた。

 かく言う僕も欠伸を噛み殺しながら物語をぼんやりと眺めていた。


 心優しき商人の娘と恐ろしい野獣とのラブストーリーは恋愛の"れ"の字も知らない11のガキには早すぎるのか、面白味が少しも分からなかった。

 そんな時、部屋のどこからかグスリと鼻を啜るような音が聞こえ、僕は周りを見回した。


 いた。

 薄暗い視聴覚室でたった1人食い入るように画面に釘付けになっている人が僕から少し離れた席にいた。


 やがてエンドロールが流れだし、部屋の灯かりが点いた時、1人の男子が「うわっ、お前なに泣いてんだよ!」と声を上げ、皆がそちらに注目した。

 からかわれたその子は「うるさいなぁ、ちょっとウルってしただけだろ」と顔を拭った。


 その子はいつも男子に混じって遊んだり、時には殴り合いのケンカもする様なクラスで一番背の低い活発な女子で、僕の中には物語に感動し涙すると言う印象は全くと言っていいほど無かった。


 男子たちが笑い、女子たちも苦笑いを浮かべていたが、僕は笑え無かった。

 映像に照らされていたその子の横顔が、泣いていた横顔がとてもきれいで、可愛くて、いつもは見せない顔に僕は恋していたから。



 教頭先生は内緒と言った。だから僕は、あの横顔は誰にも言わない。



 あの子の泣き顔も、僕の思いも誰も知らない僕1人だけのヒミツ。



 昔話なんかよりも美しく忘れることのない僕の初恋物語。




■筆者メッセージ
本来ならば"君のための物語"をUPすべきなのでしょうが、こちらです……

待っておられたのでしたらすみません。


久しぶりのハンフィクションのお話でした。


絹革音扇 ( 2014/02/18(火) 22:37 )