05
「はい?」
太一が応える。
「先ほどから拝見しておりましたが、一言だけよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「何か伝えたい事、伝えるべき事があるなら、伝えられる内に言った方がよいですよ」
年老いた駅員が目を細め由依に向かって言った。自分に向けられた言葉ではないのに胸を突くような核心めいた一言に太一の掌は汗ばんだ。
「多くの人間を見てきた老いぼれの戯言と受け取って下さい」
最後にそう残して年老いた駅員は2人に一礼し改札の方へと去って行った。
年老いた駅員と入れ違う様に先ほど入り口付近で見かけた恰幅のいいサラリーマンと若い女性がホームに現れた。姿の見えないあの老人たちはただの待ち合わせなのだろうと太一は思った。
『間もなくホームに電車が参ります。危険ですので――――――』
「あのな、太一」
ホームに響き渡るアナウンスに被せて由依が声を上げた。
「今までさ、ほとんど一緒におったやん。確かに部活やらバイトで多少はすれ違うこともあったけど、休みの日とかはどっか出掛けたり、アホな事したり、ホンマに楽しかった。……うん。あんまし素直やない私と一緒にいてくれて、ありがとう」
ホームに鳴り響くベルにより由依が一度言葉を切った。
遠くに小さく電車が見えた。徐々にスピードを落としつつゆっくりと電車が吸い寄せられる。
「私は、えっと……、うーんとっ、その…、そう、あれや。あれやねんけど… 何て言うたらええんやろ?まぁその、別に深い意味はないで。深い意味やないんやけど」
1人で慌てふためく由依に太一は笑みを浮かべた。まだ何も言ってないのに"深い意味はない"という否定的な言葉にも可笑しさを覚えた。
電車がホームに停まり、恰幅のいいサラリーマンは伸びをし、女性はリュックを持ち直した。
「つまりな」
電車から数人の乗客が降りて来た、ホームにいた2人が電車へと進んだ。
由依が電車と太一の顔を交互に見て、一瞬だけ口を閉じた。
駅員の甲高い笛の音が鳴り響く中、太一の耳許で由依が4文字の言葉を呟いた。
太一を無音が包み込む。
「え?」
呆気に取られ、目を見開く太一をよそに由依がベンチから立ち上がり、跳ねる様に電車に飛び乗りドアが閉まった。
こちらを振り向きネコのような笑顔で小さく手を振る由依。
電車はゆっくりと動き出す。だんだん小さくなって、やがて見えなくなった。
「反則やろ…… 別れ際の言葉であれは」
レールの先を見ながら太一が独り言を洩らした。
太一がベンチから立ち、イヤホンを耳に入れホームから出て行く。
「おっ」
ちょうど、今の気持ちとリンクする唄が掛かっている。
「さーよなーらなんかは、いわーせない、ぼくらはまた、かならずあえるーから……か」
ふと、気が付けば歌詞を口遊んでいた。
そう、また会える。だから言うべき言葉は
「またな……… 俺も"好きやぞ"…昔からな」
さっき言われた言葉を太一も呟いた。
軽くなった自転車を漕ぎ出せば、どこからか春の足音が聞こえたような気がした。