春風に吹かれて
04
 太一の腕時計は6時を少し過ぎた辺りを示している。

 あくびを噛み殺す恰幅のいいサラリーマンや、大きなリュックを背負い煙草を咥えている若い女性や、同じような格好をした複数の老人たちで単線の小さな駅ながらも、入り口付近はそれなりに人影はある。

 自転車を駐輪スペースに停め、太一と由依は駅の中へと入っていった。

 構内は券売機の横にある小さな窓から駅員が見えるだけで2人以外に人の姿はなかった。

 由依は一番端っこの一番高い駅への切符を購入した。隣の券売機で太一が一番安い切符のボタンを押そうとした時、由依が太一の腕を掴んだ。

「なに?」

 訝しむ表情で太一が俯きがちな由依に顔を向けた。

「ここまででええよ」

「は?」

「泣き顔を太一ごときに見せるんは癪やから…… もう帰ってええよ」

 由依が初めて見せた複雑な表情。それはまるで、トランプタワーの様に絶妙なバランスを保っている表情で、軽く触れるだけで崩れてしまいそうな、そんな顔をしていた。

 太一はまた言葉を見失いそうになったが、なんとか声を搾り出した。

「……わかった。でも、ホームまでは行かせてくれ」

 そう言って、太一は返金ボタンを押し駅員に事情を説明して改札を抜けた。いつもは、やかましいコメンテーターの様に口数の多い由依も黙りこくっている。



 2人は黙ってホームの色褪せたベンチに微妙な隙間を開けて座る。一言も交わさない。一言も交わせない。なにをどう話せばいいのかが2人には解らなかった。時刻表に目をやれば電車の到着まではまだ数分ある。

「お客さん」

 終わりのない沈黙を破る様に掃除用具を持った年老いた駅員が2人に声を掛けた。





絹革音扇 ( 2014/01/25(土) 15:17 )