02
「なぁ?」
もう一度、由依が太一に声を掛ける。
「ん?」
太一もその声に応え、由依の顔を見ると、真剣な目を向ける彼女と目が合った。
その目はどこか、寂しさと憂いを含む色がしていて太一も視線を逸らせなかった。
呼びかけたが一向に言葉を発さない由依と、その言葉を待つ太一。見つめ合う2人の間の大気を近くを通り抜ける車の音が震わせていた。
「もしな…」
「もし、一緒に。私と一緒に太一も来てって言うたら、どないする?」
朝の乾いた空気は冷たく、そして、初めてどこか物悲しいと太一には感じられた。
「静謐」この状態を太一が知りうる最適な言葉で表現すればそうなるだろう。
太一は何も言えない。と言うよりも掛けるべき言葉が見つからないと言った方が正しいのだろう。
黙っていた由依の唇が微かに動いた。それは、いつか観さされた芸術鑑賞会の時のクラシック音楽の始まりを告げる控え目な弦楽器の弦の様だった。
「ウソやって!ちょっと言うてみただけやんか!て言うか太一、なんちゅう顔してんねん」
いつもみたいに破顔させている由依を見た太一には、その言葉に真意があるのか否かは推し測れず、コーヒーを飲み干し、由依の持つお汁粉をも奪い取り、一滴残らず飲んでしまう事でしかモヤモヤとした鬱憤を晴らす事が出来なかった。
太一は破局間近の恋人同士の様に冷えきった2つの缶を自販機の横に申し訳程度に設置されているごみ箱に捨てると、自転車のスタンドを上げサドルに跨がった。
それを見た由依も無言で荷台に腰掛けた。
「あのさ〜」
自転車を発進させた太一が後ろの由依に声を掛けた。
「なに?」
「さっきも言いたかったんやけどな、2人乗りって普通は腰に手ぇ回せへん?」
「はぁ〜?そうして欲しいなら最初からそう言えばええやんか」
「一般論や!一般論」
「あんたが変態エネルギーで動く機械なら永久機関やろな」
荷台で由依が喉を鳴らして笑った。
「ほ〜。んじゃ、お前の皮肉で発電出来るなら原発はいらんようなるな」
張り詰めた空気感が弛んでいくのを肌で感じた太一も由依に反論した。
「何それ?おもんないわ」
由依の言葉を聞きながら太一は駅へと自転車を走らせた。