01
僕の心が、ドクンと跳ねた。階段を昇り講堂への角を曲がった瞬間、目の前に君の後ろ姿が見えた。綺麗な黒髪のポニーテールを揺らして歩く少し背の高い君が。僕がこの大学に入学した当初から一目惚れし、片思いを続ける女の子。
君は今日もいつもの格子柄のリュックを背負い講堂へ向かっている。僕はその少し後ろ、手を伸ばせば届きそうな距離を歩く。
声を掛けたい。
さりげなく君の横に行き、「おはよう」って言いたい。僕も同じ講義を取っている。だから、何もおかしくはないはず。だから、挨拶するのも変じゃないはず。
よし、行こう。
今日こそ声を掛けよう。「おはよう」って笑顔で、勇気を出して、たった4文字の言葉を。
大丈夫だ。大丈夫…
自分に言い聞かせ、汗が滲む手を握りしめて、歩くスピードを上げると、足がすくむ。胸の鼓動がドクンドクンと、もがく。
心拍数の上昇に反比例するかの様に勇気が萎む。
君は、そんな僕に気付く事なく講堂へと入っていった。
結局、今日も僕は何も出来ずに君を見送った。暴れ狂う心臓の鼓動だけを残して。