06 結 裏
あの日からさらに3ヶ月、つまりマクハリと出会って半年が経とうとする頃、私たちAKBにとってとても大きなイベントの開催が近付いていた。
これまでも数々のドラマや名言が生み出された一大イベント… 選抜総選挙
今までは名前を呼ばれる事のないまま、光に包まれる同期や後輩に抜き去られるのを眺めるだけだった。
でもそれも過去の話、今回は違う。選抜に選ばれる事は叶わなかったけど、アンダーガールズに選出されて、メディアへの露出も増えた。手応えもなくはない。
『………』
「…ん、なに?」
こちらを見つめる視線に気付き支度を続けながらマクハリに問いかけた。
『いや…… 気合いが入っていると思ってな』
「そう…かな?……うん…確かにちょっとだけ気合い入ってるかもね」
『そうか…』
口数少なく暴言も吐かないマクハリを不審に思いつつ玄関へ向かう。
「さ、行こう」
予約していたタクシーの時間になり期待に胸を膨らませ未来への扉を開けた。
タクシーの車内でも難しい顔をしているマクハリに私は話し掛けるのも躊躇していた。
(いつもと違う…… 暴言も吐かないし)
(気を遣ってくれてる?…まさかね)
答えのない事を考えていると、窓の外からけたたましいクラクションの音と運転手のあっと言う声が聞こえた瞬間、すさまじい衝撃を感じた。
「……さん!大丈夫ですか?お客さん」
運転手の呼びかけに目を覚ました私の視界に飛び込んだのは、何台もの車を捲き込んだ交通事故だった。
「お客さん、お怪我はありませんか?」
「……え?……あ、大丈夫です」
あれ程の事故にも関わらず、私の乗ったタクシーは上手く事故をすり抜け街路樹にぶつかっただけで、私自身も奇跡的にかすり傷一つ負っていなかった。
「すみません、お客さん。すぐに別の車を呼びますので」
そう言って私は車の外に出された。
「…あれ、マクハリ?」
マクハリの姿が見えない事に気付き彼の名を呼んだ。
『……なんだ』
「良かった。……え?」
背後から現れたマクハリの姿を見て驚きの声を上げた。
「なんで… なんで消えかけてるの?」
うっすらと色を失いかけるマクハリは、どかっと地面に座り込んだ。
『……すまぬな』
「なに?」
『…我輩お前に嘘をついた』
「嘘…?」
これまでにないトーンで話すマクハリから耳が離せなくなった。
『我輩は……死神だ』
「死神……?」
『本来ならば、あの事故でお前を殺す予定だったのだがな』
「な、なんで助けたの……」
『さぁな…』
マクハリが空を仰いだ。
『情がわいた……か?』
「……なんで?」
『クク… 我輩にも解らぬ』
薄く笑みを浮かべるマクハリがどこか愛おしく思えた。
「じゃ、なんで消えかけてるのよ?」
『我輩も神の端くれと言え万能ではない。ましてや…お前を生かすは命を奪う存在たる死神の力の域を遥かに越えておる』
『故に…我輩は消える。……なぜ涙を流す?』
マクハリに指摘され始めて自分が泣いているのに気付いた。
「…わかんないよ」
『……我輩たち神は死なぬ。転生するだけよ…』
「転生…」
聞き慣れない言葉に私は聞き返す。
『幾年月かかるか解らぬが』
マクハリがゆっくりと私の頭を掴んだ。
『お前が始めてよ。…我輩の為に涙を流すのはな』
さっきよりも薄くなるマクハリに残された時間が僅かだと言う事が見てとれる。
「…ねぇ」
「本当の名前教えてよ」
『………』
「ダメかな?」
『……ジェラルド』
かろうじて聞こえる程の小さな声で呟いた。
『名乗るのも随分と久しい』
ジェラルドが自嘲気味に笑った。
『……よく聞け』
「…うん」
いつものトーンに戻ったジェラルドが手を離した。
『そうせんきょ…とやらは解らぬがお前はもう大丈夫だ』
「でも…」
『ずっと見ていた神の我輩が言うのだ。相違ないであろう』
「でも……」
『己れを信じよ……』
「…!……今」
言葉は聞こえ無かったが口の動きで私の下の名前を呼んでいたのがわかった。
「……ありがとう」
完全に見えなくなったジェラルドにもう一度礼を言った。
そして、開票が始まった。
結果から言えば選抜には入れなかった。それでも私は名前を呼ばれただけで満足だった。
壇上でのスピーチ中、どこからか高笑いが聞こえた様な気がした……