02 起
湯船から立ち上る湯気の隙間からは白磁が如く美しい肢体が、結いあげられた黒髪の下からはしっとりと汗ばむ項が覗き見える
こちらに背を向ける女の身体は抱き締めれば容易く折れてしまう程に細く、それ故に前面の双丘が際立っている
男は音もなく背後へ忍び寄り一息に抱き締め、首筋に舌を這わせると同時に片手で豊満なる果実に掴みかかる
「あぁ…や、止め…」
女の言葉に耳を貸さず空いた手で内腿を撫で上げ、指が到達点へと差し掛かった時、ピクリと身体を震わせ、艶のある嬌声が洩れた
「止めて欲しくはなさそうだが……」
耳元で囁く言葉に身体が熱を帯びるが、それは決して湯のせいだけではなかった
「では、もう一度聞こう。本当に止めていいのか?」
手を休める事なく再び耳元で囁かれた
「……ねぇ、ちょっと!」
シャワールームから出た私はロングチェアに身を委ねる男に声をかけた。
「なにしてるのよ!っていうかそれどっから出したの」
『…相も変わらず質問が多い。お前は童子か?』
私の言葉に顔を上げた男が指をひとつ鳴らせばロングチェアが消えた。
『…まぁいい、一つ一つ答えてやろう。まず何をしているか?我輩の数少ない趣味の一つ官能小説の朗読中だ。次にどこから出したか?我輩の神通力に係ればこの様なこと造作もない』
そう言って、もう一度指を鳴らせば今後は持っていた本が消えた。
「すごっ…… じゃなくて!朝からなにしてんのって言いたいの!」
一瞬、男の神通力に感心しそうになったが、すぐに改めて文句をぶつけた。
『……人間は自由を主張する生き物だが他の者の自由を制限する権限まであるのか?』
私にはその言葉の意味が理解出来なかった。
『本を読むのは我輩の自由であろう?それを貴様に抑制する権限はあるのかと聞いている』
「それは……」
そう言われれば私にそんな権限も力もない。
『ならば我輩がいつ本を読もうが自由ではないか?』
言いくるめられた感は否めないが納得せざるを得なかった。
「そう……です」
その一言は私の敗戦宣言となった。この男には敵わない。そう思い知らされると同時に圧倒的な上下関係が構築された瞬間だった。
そんな時
「おーい、準備出来た?」
部屋のチャイムが鳴りメンバーの声が聞こえた。
「うん。すぐ行くよ」
メンバーに返事をし不思議そうな顔をしている男に説明をしてやった。
「今日は、実際には昨日からだけど握手会があるの」
『あくしゅかい?』
「そ!私たちが応援してくれてるファンの方たちとふれ合える大事な行事なのよ」
『ふむ…それは興味深い。我輩も同行しよう』
「いやいや!何言ってんの」
こんなのが側にいたら周りの人たちから変な目で見られてしまう。
『案ずるな。我輩が貴様以外の者に見える事も声が聞こえる事もないわ』
部屋から出た私は早くもその言葉を信じる事となった。
「おはよー。っていうかさっきのって独り言?」
「おはよー。ち、違うって!電話してただけだって」
「ふーん… ま、いいや!早く行こ」
待っていたくれたメンバーの一人は私の後ろの人物には気付いてはいない様子だった。
(本当に私以外には見えてないんだ……)
『だから言ったであろう』
すれ違う人も集合場所にいるメンバーも、やはり声すら聞こえてなかった。